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教科書を読むのは好きだ、時間が潰せるから。基礎的なことは何度読み返しても損にならない、単純なことこそ10回ほど復習しておくに限る。応用するにしても基礎を理解していないとどう頑張っても応用できなくなるから。応用ができないなら基礎からやり直す、簡単なこと。
だから教科書を読むのは飽きない、何度だって読み返せる。というか俺は犯人やトリックを知っている推理小説も10回と読める奴だからかもしれないけれど。
「おいーっす…。」
その辺どうなんだろうか…と考え込んでいれば、暗い挨拶。大きなエナメルバッグが後ろの机にどさっとおかれた音に重ねて教科書を閉じて後ろを振り返れば見慣れたスポーツ好青年と目が合う。朝だっていうのに疲れ切った顔、だけど目が合うと小さく笑って手を振ってくれた。
彼こそはずれの同室者によって苦労している手嶋大介(てじまだいすけ)、サッカー部だけど野球部のように短く切られた茶色の髪はお洒落坊主。何を話しても笑顔で誰にでも好かれている。出席番号が瀧野と手嶋、つまり隣合わせの番号という事もあって初日から色々と話しかけてくれた。ちなみに俺の一個前は渋谷だ、渋谷、瀧野、手嶋と続いている。席は俺の前。
今日も今日とて、朝から同室者のせいで疲れているらしい。しかし同室者の姿は見えない、どうやらまたどこかへと遊びにいったようで。とりあえずエナメルバッグに顔を突っ込んで「あー」とため息なのか悲鳴なのか分からない声を上げている手嶋に「お疲れ、おはよう」と言っておく。
よろよろと顔を上げた手嶋は若干涙目になりながらエナメルバッグを机の下に置いてからため息一つ零してからたまっていただろう言葉を吐き出す。
「聞いてくれ…昨日の夜、部屋を追い出されるところだったんだよ。」
「浦島に?」
「てか会長たちだよ、昨日の夜おしかけてきて「お前が太陽と一緒なのは危ないから出てけ」って言われたんだよ!なんだよ危ないって!」
手嶋の同室者、浦島太陽(うらしまたいよう)は恐ろしいことにトラブル体質…いや彼が原因でトラブルが起きているわけだからトラブルメーカーか。何かと彼を中心にトラブルが起きるのだ。何をするにもどこに居ても、彼はトラブルを起こしてくれる。見ている分には飽きないけれど、巻き込まれるのは勘弁だ。
それに加えて、浦島は色んなイケメンたちにモテているのが面白おかしいところだ。手嶋が言った会長たちって言うのは生徒会の人たちだ。特に熱を上げているのは会長らしい、なんでも初めて会ったときに自分に反抗してきた浦島が気に入っただか何だか…いまいち分からないけれどそうらしいよ。
生徒会はかなり大きな権力を持っている、生徒の中では一番と言っても差し支えない。先生たちですら良い様に出来るのだから恐ろしいところだ。彼らは生徒たちからの投票によって生徒会になったのだそうだけど、その投票は抱かれたいだの抱きたいだのっていう観点によるものらしいから信じない方が良い。
何をしても許されてしまう生徒会に気に入られた浦島、そして浦島と同室者の手嶋。言わずもがなってもので手嶋が言ったようなことは昨日だけじゃない、生徒会からの攻撃は結構起きているらしい。
「小虎、俺もう無理かも。荷物まとめてお前らの部屋に押しかけた時は察してくれ…。」
「俺は別にいいけど。」
浦島のトラブルに巻き込まれ生徒会に目を付けられた手嶋の被害は知っている、この学園に来て三日目だけど浦島のすごさも知っている。だから泣きつかれたって俺は拒否しない、むしろ褒めると思う。
いつでもどうぞ、と拒否しない俺に疲れ切った顔で手嶋は「マジかー」と力なく笑ってみせる、手嶋はサッカー部でも期待されているエースだっていうのに部屋でゆっくりできないのはさぞかし辛いだろう。授業中も良く寝ているあたり、夜も眠れていないのかもしれない。
浦島と同じ部屋に割り当てられたがゆえに…か。手嶋には悪いけれど本当に渋谷で良かったと痛感するよ。
お疲れ気味な手嶋、いつも通りの俺。そんなお互いの同室者が見えない間はどうでもいい話、主に浦島に関することばかりだったけれど。昨日のことに加えて生徒会のこととか。浦島を構うために仕事を放棄しているんじゃないかなんて噂が流れ始めていることや風紀委員の恐ろしさとか。
HRまでの時間は案外退屈なものだ、特に知り合い(友達とも言う)が渋谷と手嶋しかいない俺にとってはね。よくよく考えれば今日は渋谷がいない、初めて手嶋と二人で過ごす朝の時間。
同い年だけど誰よりも気が利きさっぱりとした性格、そしてファンがいる。なんでも親衛隊ではないらしい…違いは親衛対象が認めているかいないかだとか。
手嶋は認めていない、そういうのは嫌いだと始めて会ったときに言っていた。ちなみに渋谷は親衛隊持ちだ。どういう意味でかは知らないけれど便利なんだそうな。
認めていないと親衛隊ではなくファンクラブというものになり、本当に影から応援するだけになる。親衛隊ならばそこそこに本人との会話や接点が生まれるとかなんとか。俺はそういうの出来るわけないから聞きのがした、この学園ならではの異様な存在を。
「そーいや、真樹は?」
「委員会。」
今更ながら、手嶋は渋谷の存在が教室にないとこに気づいたようできょろきょろと教室内と見渡した後、首を傾げ同室者の俺に尋ねてくる。手嶋も渋谷も小等部の頃からの知り合いらしく名前で呼び合う仲だ、親が知り合い同士だとも言っていた。
手嶋は「朝から風紀委員かよ」と悪い噂を思い出したのか苦い顔して肩をすくめた、そして小さい声で何かを呟き両手を合わせた。どうも御愁傷様的なことを呟いたようだ、まぁ俺も同感。
怪我とかしないなら良いけどね、大きな怪我でもされたら同室者として助けてやらなければならなくなるから。面倒くさいのはお断りしたい…あぁ、そういうときのための親衛隊か。
なるほど、と一人納得していると教室の扉が開かれる音、ただし大音量。普通ならカラカラ、くらいで済むものをどこをどう頑張ったらドガラシャッ!!という派手な音になるのだろう。良く追い込まれたとき人の本性が見えるというけれど、扉の開け方でも分かるのかもしれない。
「おっはよー!!」
元気いっぱい、教室中と言わず廊下まで響いただろう大きな声に手嶋は頭を抱え込んだ。耳を塞ぐんじゃなくて頭を抱える、声なんか気にならないほど参っているようだ。
彼の大きな朝の挨拶に返事をするクラスメイトはほぼゼロ、だけど彼は構わない所謂ゴーイングマイウェイ。己の道を己のペースで進むのだ、周りを巻き込みながら。
鞄を机に置く音も派手で分かりやすい、やっぱり人が出るのかもしれない。そうと分かると気をつけたくなるのが人ってもので。何事にも物音を立てない生活を目指してみようかな。手嶋のつむじを見ながらそう考えこんでいると、先ほどと変わらないボリュームで「だいすけー!!」と叫びながらこちらに大きく手を振る彼…浦島太陽。
先ほどから手嶋が口にする愚痴の主役だ、黒いもじゃもじゃの髪に目が良く見えない瓶の底みたいに分厚いレンズの眼鏡が目を引く不思議なクラスメイトだ。
一直線、色んなクラスメイトの机にぶつかりながら俺たちの所までやってきては大介の肩を掴んで無理やり自分の方へ振り向かせた浦島は変わらぬ声量。メガホンでも内蔵しているのか。
「なんで先に行っちまうんだよー!!」
「さ、先にって…会長たちが浦島を連れていっちまったから追いかけるわけにもいかねぇじゃん。」
「オレのことは太陽って呼べってば!それに、会長だなんて呼んだら篤志が可哀想だろ!」
キーンと耳の奥で鳴り響く、それほど大きな声を至近距離で聞くだけで辛い。なんていうか精神的にも、体的にも。
渋谷が言っていた、浦島は人類みな友達だと思っているんだと。なんでも中等部三年生の夏に編入してきたという彼は初日からこのテンションだったそうな。その頃から何かとトラブル続きで大変だったとか。
イケメンにモテるわトラブル起こすわ、嵐が年中吹きすさんでいた…経験者はそう語りましたとさ。
その頃から何かにつけて渋谷と手嶋は絡まれて参っているそうな。そりゃこのテンションで来られたら困るよな、俺なら転校するかな…って思うけど俺もなんかおまけみたいに絡まれているんだなこれが。
「ん…あ!小虎もいたのか!おはよ!」
こんな扱いですけれど。
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