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教室を出る前に、渋谷が「おかちゃーん、俺も手伝おっかー?」と馴れ馴れしい提案がされたが岡元先生が渋谷に与えた使命は俺のペンケースなどを科学室へ先に運ぶことだった。
簡単かつ優しいお仕事だ、と俺は思ったが渋谷的には気に入らなかったらしい。不貞腐れながら浦島に引きずられていく手嶋に引きずられて行った、俺は何はともあれ浦島の力強さに驚いた。
手伝いは職員室にあるプリントを運ぶだけだった。始業式前にお邪魔して以来来ていなかった煙草とコーヒーの匂いが充満している職員室へ入り整理整頓されている岡元先生の机に乗せられているプリントの山を二人で手分けして持っていく。ただそれだけだった。
まぁ、正確に言うとそれだけじゃなかったけれど。
「まだ三日だけど、この学園生活はどう?」
どうもこっちが本題だったようだ。
たまたま目があったから、というのはどうも外れていたらしい、最初から狙われていたんだ。プリントを抱きかかえる岡元先生が俺の顔をちゃんと見ながら聞いてきた。
特殊な学校、それが最初から今までの感想。ただそれが自分の生活にどう影響あるか…今のところは何も影響なんてない。むしろ新しいことの連続で学ぶばかり、なかなか面白みがある生活と言える。
ただそれをそのまま伝えるのは嫌だった、いかに自分が未熟だったかを露呈するようで。ただの強がりだ、首を横に振って岡元先生の顔をしっかり見返す。
「まだ良く分かりません。」
「…まぁ、そうだよな。」
逃げるような俺の返事、岡元先生は深く突っ込むことなく肯定だけした。
岡元先生には去年の事故のこと、両親がいないこと、侑叔父さんと暮らしていたことは話している。気にならないと言ったら嘘になる、他人にずかずか踏み入れられると嫌なことが人には5個くらいあるものだ。
担任は世話になる相手だと思って前もって話しておいた、その時も岡元先生は深く聞いてくることはなかった。ただこれから先のことばかり話してくれた、過去は過去、未来は未来と切り分けて話してくれた。俺は、この人が担任なら何とかなりそうだと今も思っている。
科学室に近い中央階段を昇りながら、岡元先生は「そうそう」とどこにでも繋げられそうな言葉の点を口にして、次の点へ繋げた。
「来週のテストなんだけどな、」
「はい。」
「お前は免除だって。」
「……。」
いきなり変わった話にも驚いたけれど、免除と言う言葉にも驚いた。
名高きSクラスでもない生徒が免除、それも委員会も部活も入っていない生徒が。どういう意味ですか?と視線で岡元先生に尋ねれば「うん」と頷いてから首を傾げ思いだしつつ話を進める。
「お前さ、入学前にテストしたっしょ?なんかそのテストと内容が8割くらい同じなんだって。」
「だからですか?」
「あんだけの結果出した奴にやり直しさせてもねーって話になって免除。」
階段を昇りきってはーっと長い息を吐き出した岡元先生は、数歩廊下を歩いてから俺の方を見て『しまった』と顔に表した。
入学前のテスト、それの結果なんて俺は聞いていない。そしてその時のテストくらいなら覚えていますよ。でもこの話の流れ的に、テストの結果が上々だったことは明白。つまり俺が渋谷や手嶋にテストの内容をリークすることが出来るってわけ。
運が良い事に俺たちの周りに生徒はいなかったけれど、俺は良い情報を独り占めした。中学の時の復習テストで範囲広くてみんな困っていたからなー。
きっと珍しく表情に変化が出ていたらしい、岡元先生は俺の前に立ちふさがっては引き攣った笑顔で俺を見てくる。眼鏡が若干ずり下がってますよ。
「あー…瀧野?」
「はい。」
「い、今の話…なかったことにしないか?」
先生として、今の失態は大きい。何せテストの内容を8割ばらしたようなもんなんだから。テスト免除の俺にとってこの話は美味い話だ、渋谷や手嶋に高く売れる。さてどうしたもんかな、と首を傾げて見せれば「頼む!」と必死のお言葉。
俺もそこまで悪い性格していないから意地悪する気も何か要求する気もないんだけど…小説とか読んでいてこういうのに憧れていたわけだ。なんか悪い事言ってみたい、ほらこのお年頃にある冒険心ってやつなのかな。
「いいですけど、貸し一つってことで。」
あぁ言ってみたかった、貸し一つ。とうとう言ってやった、貸し一つ。
岡元先生の笑顔が一層固くなったのはさておいて、なんだか気分がよくなった俺は顔には出ていないだろうけれどウキウキしながら先生を追い越して先に科学室へ向かって歩き出した。渋谷と手嶋には内緒、でも誰かに言いたい…そわそわする。
そんな子供らしい俺の背中を岡元先生は見ては、ポツリ呟き落とした。でもその顔は少し嬉しそうだったらしい。俺は見ていないから知らないけれど。
「…これだから学年トップを敵に回すと恐ろしい…。」
岡元先生の呟きと、嬉しそうな顔。ゆっくりとプリントを抱きかかえ直し歩きだした岡元先生の脚も少し浮き足立っていた。
それを科学室へ行くまで見たのは、
「Aクラスに学年トップ…か。」
否、階段を昇りきったところから最後の最後まで見ていたのは俺の知らない人。そして俺を面倒なことへと巻き込む人。
この日が引き金で始まる面倒事、飛び出した弾丸は俺と言う脳も爪も牙もないただの子供の虎。そんなものを使おうと選んだ人は楽しそうに唇で下弦の月を描いていたそうな。
2014,11,28
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