アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2の0
-
「瀧野小虎、今年この麗城から推薦を受けて編入してきた。推薦理由は中学校で優れた成績を収めていたから。なお優れた成績とは勉学のことであり、スポーツにおいては論外。中学一年生の時から学年トップ、当時は顔がはっきり見える短髪によって整っている顔が目を引いた。その時から麗城は推薦を、と思っていたがそのまま伸ばされた髪によって顔が良く見えなくなり、そして家柄がいたって平凡であることから見送りに。」
山奥にそびえ立つ麗城学院の夕暮れは早い、木々が影を長くし夕日を遮るから。17時を迎える前だというのに、部屋の明かりをつけなくては足元が見えなくなるほどに。
狭くはない、けれど少しばかりものであふれかえった部屋に書類上に並べらえた個人情報をぶちまけていく声は淡々と響いていた、崩れ知らずなトーンは業務的かつ機械的。
この部屋の管理及び持ち主及び責任者は最初こそ真面目に聞いていたが、目の前のソファに座っている感情のないロボットのお話など聞きたくないと言いたげにソファにどっかり座るだけでは飽き足らず机に脚を投げ出した、上履きのまま。それが目の前で繰り広げられても声の主は変わらない、黒縁眼鏡のブリッジを押し上げ少しばかり視線を上げふてぶてしい男を一瞥しただけでまた書類に視線を戻す。
「中学三年生の時に、両親を事故で亡くす。本人も事故に巻き込まれて重傷、その後怪我を直すため入院。精神的衰弱により引き取り先の叔父の家から一歩も出ない生活が一か月…」
本人のいないところで、本人の許可なく、過去の傷をえぐる。
最初こそ普通の内容に聞き流していた話は徐々に雲行きが怪しくなっていく、別に接点無き人物の情報なのだけれど気分は悪くなる一方だ。このまま聞いていても気分が晴れるとは到底思わない、行儀が悪いと知っていながら上履きをかかとだけ脱いで思いっきり足を振り上げた。
スポッと綺麗に脱げた上履きが、少しだけ宙を舞って落下していく。ゆっくりと回転しながら落ちた先は、目の前にいる男の手中にある、紙の上。
「てか職員室から個人情報パクってくんのはOUTだぜ?まさか天下の生徒会が知らないわけじゃねーだろ?」
なぁ?
見事に着地してきた上履きのせいで手元から抜け落ちた書類は机の上に乗りかけたが、するりと床へ落ちて行った。天井の方を向いた顔写真にはうっすら靴底の痕。
にやり、してやったりと笑う男が残っていたもう片方の上履きを机の上で乱暴に脱ぎ、靴下を履いていない…裸足で立ち上がった。そして書類を広い上げた男を見下して鼻で一つ笑って背を向けた。
ぺたぺたりと、足音を立てながら窓の方へ歩き生い茂る木々の合間から辛うじて見える紫の空を見た。もう寮に戻らなくては食堂が込み合うだろう…面倒なことで忘れていた空腹を思い出しては此処にいる今に吐き気を覚えてしまう。
窓に映ったブレザーの襟、ソコにあるバッジは紛れもなく本物。そして書類を眺める男の襟にもついているバッジも本物。
「俺たちは俺たちで生きてんだよ、てめぇらに協力する気はねーの。」
顔を見ずに言うのは反則と知っておきながら吐き捨てた言葉は、面倒事を回避するためでもあるし今の今まで学園で絶対勢力と言われた委員を引き攣れる自分が守らなくてはならない事。
「…さて、それはどうかな?」
窓の外を見たまま背を向ける男に冷たくあしらわれた…にも関わらず、書類を眺める瞳はどこか楽しそうな色を含んでいた。それはどこかで確信と切り札を持っているからこそのもの。
書類に乗っている個人情報など、結局はただの過去に過ぎない。その時の本人がどう思ったか、どうしたのかなんて細かく書かれているわけでもないし「そういうことがあった」という報告でしかない。それでも今は、これしか手元にないのだ。会ってもいない存在を知る術が。
規律や校則で違反されていることをやってでも手にした書類は、マッチ一本あれば燃えてしまう紙切れだ。価値なんてたかが知れている。
分かっているさ。
フッと、笑えたのは必至な自分がここに居るから。
「いつからギャンブラーになったんだぁ?」
「やめてくれ。賭博氏は浅海だけでいいよ。」
心外だ、と付けたし書類を戻しに行こうと立ち上がった。ソファの革の鳴き声に釣られ窓から視線を離し振り返る、出てきた名前を脳内で反芻そして苦い顔。一緒にされたくないのは自分とて同じだった、と顔をそのままに肩を竦めてみせる。
書類を読み上げるだけだった感情無きロボットから、本当の彼に戻ったようで口元に笑みを浮かべたまま書類をひらひらひらめかせては黒縁に覆われたレンズの向こう、瞳は細く弧を描いていた。
部屋から出るため扉の方へ体を向け見えなくなった顔を良い事に小さく舌を出してやれば、小さな笑い声が部屋に響いた。
「私は私らしく、正面突破と行かせてもらうさ。」
ドアノブを握りしめたその背中は、誰よりも真っ直ぐで力強くて、折れてしまいそうだった。
バタンと綺麗に閉められた扉、廊下から聞こえてくる規則正しい乱れ知らずの足音、窓の外から風のせいで木の葉が擦れあう音。
「正面突破って、自己犠牲のことなわけ?」
知らなかった。おどけるような口調で呟き落とした。
床を歩く足裏が冷たくなってきた、やっぱり面倒くさがらずに靴下を履いておくべきだったと後悔すれどもう7時間程度で一日は終わる。とりあえず窓の傍から離れて上履きを回収し、不真面目にかかとを踏みつぶしながら履く。
そしてポケットに手を突っ込み、この部屋のカギを持っていることを確認してからソファの脇に置いていた鞄持ち食堂へ行こうと扉の前へ移動して…ドアノブを握って思考を横切ったのは、
「かわいそ。」
1年生2人の名前。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
12 / 44