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「くっくくく…じゃ、よろしく。」
「はぁ…。」
皆が席に着きテストを始めただろう頃…俺は岡元先生に渡された普通の軍手と白いエプロンを制服の上から身に着け職員室を出た。
引き戸を締めきる前に見えた岡元先生の顔は満面の笑顔、どうにも俺のエプロン姿が面白いらしくさっきは写真まで撮られた。お気楽かつ優しい担任に見送られ、俺はテスト開始により静まり返った廊下を歩き出した。
始業式から一週間と数日。一年生にとって初めてのテストが行われる日に俺は七井さんと中庭デート…そう言ったのは手嶋だ、どっちかって言うと介護のような…いや失礼なことは言うのやめておこう。
時たまどこかの教室からシャーペンを落とした音、カリカリと紙に文字を書き込む音、咳払い、紙がこすれる音なんかが聞こえてくる。それ以外は、俺の足音くらい。
なんとなくパラレルワールドという言葉を思い出した、もしくは透明人間かな。自分がいない、自分が必要とされていない世界に紛れ込んだかのようだ。
1年A組、俺の席はちゃんと空っぽなのだろうか、もしかしたら他の誰かが座っているんじゃないだろうか。見に行きたい、けれど中庭で七井さんが待っている。案外緩い自分の意思が変わらないうちに玄関へ急がなくては…誰も見ていないのを良い事に、10歩の早歩きののち1歩だけスキップしてみた。
浮かれてなんか、いないさ。ただちょっと楽しくなってきただけ。
「そんでなぁ、あっちに焼却炉があってなぁ~…」
「なるほど。ではこのゴミはそちらに運んでおけば良いですか?」
「わしがのぉ~放課後に燃やしとくからのぉ~。」
七井さんがこのお仕事に就いたのは20年前だったらしい。その頃は髪の毛ふっさふさの51歳で当時の校長先生と大親友であったと、七井さんが楽しげに語ってくれました。
なんていうか、おしゃべり大好きなようで二人で肩を並べながらゴミ拾いしている間止まることはなかった。主に話していることは七井さんのことだけだったけれど。でも20年前のことをたくさん話してくれた、この学園については何も知らない俺にとっても楽しい時間だった。
二袋ほど集めたゴミの大半は枯葉などの自然物、たまに缶や紙切れ。缶以外は良く燃えそう…七井さんを噴水前のベンチに座っていただき、その間に校舎裏にあるという焼却炉の傍にある倉庫へ行くことにした。
「それじゃ、行って来ます。」
「おぉ~すまんのぉ~。」
最近腰が痛くなったという七井さんにこれ以上無理をさせるわけにはいかない、若者らしく格好つけてあまり重くはないごみ袋を両手に一袋ずつ持って歩き出した。
春になった、と分かってはいるけれどそれは日差しと四月と言う言葉のせいだ。風はまだ少し冷たい。エプロンの裾を少しだけひらめかせる風がたびたび吹き抜ける。ブレザーを着ているだけでは足りなかったかもしれない、しかしカーディガンは持っていないのだ。
中学生の時、学ランにカーディガンが合わなかったから買わなかったのだ。だからと言って学ランを脱いでカーディガンを着たって意味がない、そういうわけで買わなかった。今日の朝、渋谷が「大きいかもだけど貸してあげよっかぁ?」と開き切っていない目で提案してくれたけれど断った…今少し後悔している。
さっさと七井さんの元へ戻って校内へ、それが一番なのだろう。廊下の時よりも早めに歩く。何気に中庭から遠いような気がするんだけどそれは寒いせいですかね七井さん。
中庭の噴水が見えなくなった頃、時間にして5分程度。やっと着いた校舎の角を曲がれば、七井さんが言った通りちょっと奥に焼却炉がありその傍には倉庫と大きなゴミ箱やリヤカーがあった。他には壊れて使えなくなったらしい机や椅子なんかも並んでいた。
少し焦げ臭いにおいが残っている此処は、学園が隠しておきたい部分なのだろうか。だからこんな奥まったところに存在しているのか?
そりゃ、この白くて立派な校舎に燃えカスは似合わないだろう、しかし七井さんは文句言わず頑張っていらっしゃるわけだ。
「…七井さんって神様か?」
俺、七井さんのこと尊敬する。元々頭的にも存在的にも輝いているなと思っていたけれど…その輝きが二倍になりそうだ。
七井さん、俺が出来るのはこれくらいでごめんなさい。と心の中で思いつつ倉庫の傍にゴミ袋を置いた。許していただけるなら最後までお供したいところだが…今日は渋谷と手嶋と「テストお疲れ会」を約束しているのです。食堂でハジけるそうです、ハジけるって何?
さ、早く戻ろう。焼却炉に一礼してからさっきまで歩いていた道を戻っていく。そろそろお昼休みだろうか…あいにく腕時計はしないし携帯は岡元先生に預けている鞄の中だ。七井さんなら分かるかもしれない、分からなくても校舎に戻るんだから分かるか。
中庭の噴水が少しずつ見えてくると、思わず足を早く動かしてしまう。御年71歳の体が冷えてしまう前に…!
絶えることなく水を吹き出す噴水の周りに置かれているベンチは全部で四つ、その中の一つに七井さんは座っていらっしゃる。今はテスト中なので中庭に生徒はいないので、七井さんしかいない。
と、俺は思っていた。
「やぁ、ボランティアお疲れ様。」
サァ、と水が飛び出していく音を裂き俺に向けられた声は力強く凛とした響き。針葉樹の葉の色に近い深い緑色の髪が冷たい風に撫でられ振らめく、切りそろえられている前髪は少し眼鏡の黒いフレームに触れている。眼鏡のレンズの奥には、長い睫毛が引き立てる若葉色の瞳。
俺に手を振ってくれている七井さんの隣に座っている人は、優雅に足を組み俺へ片手をあげにっこり笑ってみせた。
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