アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2の7
-
「小虎ちゃんのお人好し。」
「そうかな。」
部屋に帰ってきたのは、驚くことに17時だった。それから手嶋と合流しご飯を食べ、風呂に入り、ソファに座ってニュース見ながらアイス食べていると風呂から上がってきた渋谷が改めて俺を咎めた。
俺が三条副会長に提示した条件…『委員会もしくは部活免除』と『生徒会のメンバーが復帰次第、役目を終える事』と『18時までには帰してもらう事』。
元々何かの委員に入るのは面倒だし、運動部に入るなんてあり得ない。せいぜい将棋部にでも入ろうかと思っていたくらいだ、免除してもらえるのならしていただきたい…というか手伝い始めたら委員会や部活動を両立させるなんて無理な話だ。
そしてお仕事をしない生徒会のメンバーには、手が空いた時にでも会いに行って説得してみようと思う。これでも浦島のクラスメイトだし。浦島を上手い事乗せればうまくいかないかな…なんて考えていたりする。全員が仕事をするようになったら、お役御免で自由にしてもらう。
18時までには帰してもらいたいのは、晩御飯の準備をしたいからだ。料理は俺の担当、その他のことを渋谷はこなしてくれているのだから、俺も俺の仕事をしっかりこなさなくてはいけない。
湯上りで熱いのかタンクトップに短パンという格好で金の髪の毛をタオルでわしわし、掻き混ぜながら隣に座った渋谷は話が成立する前からこの調子。まぁ生徒会と敵対している風紀委員なんだから当然なんだろうけれど。
「あのメガネ、小虎ちゃんに話していない事あるってのに…小虎ちゃんが優しいのを良い事にー…!」
「マジ?」
「マジマジ!もー俺がなんでも教えてあげる!」
タオルを肩にかけ、三条副会長の怒った顔とはまた違ったちょっと親しみやすいオーバーリアクション気味の怒った顔で俺の顔を覗き込んだ。寄せられた眉間の皺とへの字の口がいつもの笑顔とは真逆、だけど渋谷らしい緩い雰囲気は残っているから良いや。
しかし…やっぱり、と言うべきだろう。
あれだけで話が終わるわけないとは思っていた、どうにも自分が頭の中で描いていた以上に天秤の傾きは大きいらしい。
なんでもという言葉に甘え、渋谷の顔を見つめ返していると「でも俺が話したって言うのは秘密ね」と二人しかいないのに囁かれた。風紀委員の秘密、と言うやつらしい。
「あんね、2年D組に浅海月人(あさみつきと)っていうー有名な不良がいるんだけど、どうにも反生徒会組織を作ってるらしくってさー。」
「反、生徒会?」
「そ。気づいてるんじゃね?会長たちがサボってるくせに生徒会特別待遇っていうあまぁーい蜜をこれでもかーって使っていること。」
それだけじゃーないかも、だけど。
ちゃんと拭き切れていなかったのか、どう思う?と俺の方へ身を乗り出してきた渋谷の前髪から滴がポタリ俺の膝に落ちてきた。ズボンに広がっていくシミが心の波紋を表しているようだ。予想よりも面倒すぎる事が発覚した内容にアイスのことなどどうでも良くなった。
どれほどなのか良くは知らないが中核に居座るのはD組の有名な不良。しかも組織と言うくらいだ、一人ではないだろう。そんな物騒な話を聞いた後じゃ、生徒会の手伝いやりますなんて簡単に頷くわけない。
三条副会長にしてやられたわけだ、まぐれだとはいえ俺のこと知り調べた三条副会長が反生徒会という存在を知らないわけないだろう。
少しばかり…いや結構、三条副会長を恨んでしまう。あの人の口は中々もって上手いってことがこれで分かった、学べただけでも良しとすべきか、それとも。
溜め息を吐き出してしまいそうなのをグッと堪えて、手の中にあったアイスを渋谷に差し出す。寮の中にあるスーパーで買ったバニラアイス、渋谷は「んー?」と目の前にやってきたアイスと俺を見比べ首を傾げられた、だから唇に押し付けておく。
「ち…ちょ、間接キッス!小虎ちゃんコレは間接キッス!」
「あぁ、潔癖症だった?」
「違うけど…えぇぇぇ…俺が変なのコレー?」
「ならあげる。」
ビックリしたかと思うと顔を赤くさせた、その次には慌てふためき最後にはがっかりと肩を落とした。そんな百面相をしている渋谷の唇に向けていたアイスを一度離してやってから改めて、はい、と差し出す。
何か言いたげにじっとり見てくるが、何も言わずに見返してやれば「どーも…」と不服そうに受け取った。ていうか間接キスとか小学生かお前は。男同士、しかもしばらく一緒の部屋で暮らすんだからこれくらいどうという事ないだろ。
さっきの話は三条副会長にでも聞いておくとして、とりあえずテレビを見る。ちょうどお天気お姉さんが「明日も綺麗な青空が広がることでしょう!」と笑顔で教えてくれる。テストの結果は明日か明後日出るらしい、天気同様良いものが見られることを祈っておこう。
「小虎ちゃんってさいきょーってこと?」
「なにが?」
「…なーんにも。あのさ、頑張りすぎないでね、倒れたりしたらー生徒会潰しに行っちゃうからねー?」
お天気お姉さんの笑顔とは真逆の、なんだか恐ろしいことを言っている隣の男を見ればバニラアイスに唇を寄せていた。言葉からは想像できないほど、綺麗に笑っていたから冗談かなんかなんだろう。でも縁起でもない事だ、肩にかけっぱなしにしていたタオルを奪って頭にかぶせてやる。
「うえっ!?」
「さ、歯磨きしよう。」
変な声を出した渋谷は置いておいて、ソファから立ち上がり洗面所へ向かう。あーもう寝よ、明日から忙しくなりそうだし。ぺたぺた裸足で廊下へ出ていくとき後ろから名前を呼ばれた気がしたけれど気にしない気にしない。渋谷といるのは飽きなくていい気がする、反応が面白くて。なんかペットがいるとこんな感じなのかーと思う。
そんな失礼なことを考えながら洗面台の蛇口をひねり水音で両耳を塞いだ俺、始まったお笑い番組を見も聞きもしないでバニラアイスを眺めている笑顔を消した渋谷。
「…生徒会ねぇ…マジでどうしてやっかな。」
心中は台風竜巻なんかが可愛く思えるくらい酷い嵐だなんて、知らないばかり。
「浅海さん!やっべーっすよ!こいつ等風紀っすよ!」
下校時間など等に過ぎてしまった校内にある光は、窓から差し込んでくる一握りの月明かりのみ。その光を身に受けるのは廊下に横たわる生徒が数名、そしてその中に二本足で立つ男の背中。か細い呼吸音と苦しげに吐き出される咳と、入り混じった液体が床に落ちる音がいくつも重なりあっていた。
それを裂いたのは叫び声、それは止めにかかっているにしては遅すぎた。だが彼が来たときにはもうすでにこの様。とうとうやってしまったんだ、叫んだ男は思った。思わず手が震えてしまった、いやそれだけではない…脳が震えどうすればいいのか考えることを拒否している。
「怖ぇの?」
しかし渦中の人は怯むことを知らなかった。
月明かりを受けている背中はピンと背筋を伸ばしていた、やったことに罪悪感もこの先訪れるだろう罰則も何も恐ろしくないとそこに立っていた。
彼は危ない橋は渡らない主義だ、いつだって勝算あっての勝負だと言っている。敵を増やした今ですらこうしていつもと変わらず威風堂々、姿勢を変えないのだ。臆病者だと馬鹿にする連中はいる、だがそんな安い挑発には乗らない、それどころか挑発をして見せ勝率を上げていく。負けに行くのは愚か者だと良く口にしていた。
彼のことを、周りはギャンブラーや賭博士と呼ぶ者もいる。事実賭け事にはめっぽう強い、ポーカーをやろうと花札をしようと手元にあったチップは必ず増える。それは才能、生まれ持った勝負師の感だ。その感を今は、自分の学生生活を賭けるために使わなくてはならない。
D組を纏めるのは彼ではなかった、だが今のD組の縋りどころは彼しかいないのだ。
「賭けしようぜ、風紀が勝つか生徒会が勝つか…」
俺たちが勝つか。
振り返った彼の赤い瞳は輝いていた、おもちゃを見つけた子供のように。だがそんな可愛さなんてありはしない、あるのは重く固く頑丈に作り上げた決意だけ。
しかし彼はまだ知らない、この学園にやってきた二人の編入生。それによって賭けの勝率が大きく変わること、そして決意が形を変えること。
今はただ笑うだけ。月明かりを受けて笑うだけ。
2014/12/07
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
19 / 44