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牙を抜く、そのたとえに委員長さんは瞳を丸くさせた。赤い月と言うものがあるらしいけれど…きっとその月は今の委員長さんの瞳くらい綺麗なんだろう。まるでガーネットを埋め込んだかのような明るく煌めいているように見える。
その瞳を、瞼が瞬きで隠すこと数回。小さい声ながらに強い声が風紀室に響いた。
「おもしろ…。」
褒めらえているとは到底思えないので、お礼を言うことはできない。とりあえず持っていた書類を改めてローテーブルに置いた。
此処へ来た目的は書類にハンコを押してもらう事、壁にかかっている時計を見ると生徒会室を出てから1時間ほど経っていた。副会長に迷惑がかかっていなければいいんだけど…ふと頭に目の下にクマを作りながら崩れ知らずな笑顔が浮かび上がった。
「お前なら、賭けてもいいかもしれねーな。東間、ハンコ。」
「はいはい。」
そんな俺に気づいた…ってわけじゃないんだろうけれど、やっと委員長さんから待望の一言。東間先輩が面倒くさそうに返事をしながら寄りかかっていたソファの背もたれから肘を離し、奥にある机へ向かって歩いて行った。
ごそごそと引き出しを漁る俺よりも渋谷よりも大きな背中を見ていると、「よっと」と軽やかな掛け声とともに、床に座っていた西浜先輩が俺の隣に座ってきた。さっきと一切変わらず笑顔のままで。
その口に昔懐かしい煙草の形をしたお菓子を咥えながら、そっと俺の肩に手を置いて耳元に唇を寄せた。
「あんね、俺たちは三条の奴が補佐なんて捕まえたって今の生徒会なら無駄って思ってたわけ。でもチャイルドタイガー、さっきのめっちゃ格好良かったから龍さんは賭けてもいいって思ったんだよん。」
龍さんにとって浅海と賭けは一世一代の大勝負なんだよ。
明るく弾んだ声音に渋谷を思い出した、心底楽しそうに俺が作る料理を褒める時の声音と似ていた。
龍さん…委員長さんは浅海と何か因縁があるらしい。それにしてもこの年で賭けだとかギャンブルとか俺には良く分からない。耳元でシガレットが噛み砕かれた音を聞きながら、委員長さんを見ればふてぶてしく書類を見ていた。
そういえば…書類に書かれていた風紀委員とやらはどうなったのだろう。窓ガラス四枚って相当暴れたようだし、委員長さん自ら処罰を下していそうだ。
「窓ガラス四枚…これってよー、千佳のやつ?」
「げっ、竹田のアレっすか…。」
ハンコを見つけ委員長さんの元に戻ってきた東間先輩があからさまに苦い顔に。千佳、竹田…二人が出した二つの言葉を組み合わせてみる、竹田千佳と言う人が暴れた風紀委員のようだ。……どこかで、聞いたことある。どこだったかは分からないけれど、結構頻繁に聞いたような…。
東間先輩からハンコを受け取った委員長さんが雑に空欄へ印を押す。書類からハンコを外せば赤いインクで丸の中にしっかりと「風紀」の文字。やっと俺の仕事が9割終わった、後は生徒会室へ戻るだけだ。
少し安心できた、小さく息を吐き出せば西浜先輩が何だか嬉しそうに俺の頭を撫でまわしてきた、整えていない黒い髪を梳くように。
「ほらよ。」
「ありがとうございます。」
母犬が子犬を毛づくろいするような西浜先輩の手から逃げて、委員長さんが差し出してきた書類を受け取る。さっきまでなかった風紀のハンコ、最初はどうなることやらと思ったが何とかなるもんだ。でも今日で学んだことがいくつかある…俺はもうここの生徒であり、数週間前まで外で暮らしていたという甘えは通用しないという事もその中の一つ。
俺が何も知らなかったとしても、周りはそうじゃない。昔から変わらずこのルールの中で生き続けてきたんだ。外から生徒がやってくること自体珍しいというこの学園では俺みたいな編入生のための特別ルールなんかありはしない、最初から同じルールで生きることを強いられているんだ。
逃げる方法を一つ失ったわけか。
改めていろいろ考え直さないとダメらしい。
先のことを考えては少しだけ頭が痛くなった、何を思ったのか委員長さんは笑い出したけれど。
「良い事教えてやっか?」
「…はぁ。」
「浅海月人、アレは俺の従弟だ。だから俺みたいに喧嘩強いし賭けが好きなんだよ。」
ソレを良い事としていいのか分からないんですけれど。
複雑になった心の中、ばれたのかもしれない。今度は委員長さんと西浜先輩の笑い声が風紀室をいっぱいにした。
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