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残念なことにホッケは売っていなかった、しょうがないので晩飯は鮭にした。
その翌日。
渋谷のブーイングを聞き流しながら(最終的には泣かれそうだった)、いつもより早めに寮を出た俺は教室にも寄らず生徒会室へ真っすぐ向かった。
階段や廊下でたまにすれ違う生徒は主に部活の朝練があるのだろう、大きな鞄を背負っている。いたって普通の、学園指定の革の鞄を肩から下げた俺は珍しいのか良くチラチラ見られる。
見られるのは居心地悪いものだ、教室に籠るならともかく廊下をぶらぶらする生徒はあまりいないだろう。ごく少数派のとる行動かも。
最上階の四階へ長い階段を昇り長い廊下を歩き進めれば生徒会室が見えてくる、そこにはまだ人影はなかった。少しだけホッとする、一応副会長は俺の上司だから待たせるなんて失礼だろう。
まだ鍵がないので中で待つことも出来ない、重厚な扉と向い合せになるように窓に背を預ける。壁は腰までしか高さがない、少し天井を見るように頭を後ろへやるとガラスにコツリ当たる。
天井は白、蛍光灯と監視カメラくらいしかない。汚れ知らずな白に埃の一つも見つからない。手嶋が「夜中に清掃業者がせっせと掃除している」とか言っていたな…と、友人との話を思い出していると「小虎君」と昨日電話で聞いた声。
「待たせたかな?おはよう。」
「おはようございます、さっき来たばかりです。」
「そうだと良いけど。」
昇ったばかりの太陽の日を受けいつもより明るい色に見える副会長の髪、笑うたびにさらさら揺れ綺麗だと素直に感心する。朝に会うというのは初めてだったが、どうやら顔が良い人は朝会っても変わらないらしい。…寝起きの渋谷は格好いいとは言えない気がするけれど。
壁から体を離してちゃんと背筋を伸ばす、副会長がにこやかな笑顔で俺の正面に立って扉を見る。古めかしく一見壊すのが簡単そうにも見えるけれど、簡単には壊れない代物らしい。とはいえセキュリティは普通の鍵だ、カードキーや暗証番号などはない。
一応内側から鍵とチェーンをかけられるしインターフォンもある、高性能監視カメラもある。それに大事な書類などは鍵付きのロッカーや引き出しに入っている、生徒会で使用しているパソコンも二回パスワードを入れなくては起動しない。そう易々情報は盗めないようになっている、だから扉自体に鍵は一個だけ。
副会長の視線に釣られ扉を見ていると俺と同じ学園指定の革の鞄を開き、折りたたんでいる黒い布を取り出し俺へ差し出した。
受け取ると、指先に伝わる重み。布だけでは出せない重みに何かを包んでいるのだと知る、副会長を見ると笑顔で布を持っていた手で「開いてご覧」と促されたのでそろりと布をめくれば…朝日を受け煌めく金色の古めかしい鍵がそこにはあった。
持ち手は丸、そこに数字が三つ刻まれている他小さな穴が開いている、そこを茶色の革ひもが通っていた。アンティークな鍵をジッと見つめる、まるでオシャレの小道具として生まれたかのような鍵らしさのない鍵を。
「コレが君の鍵、持ち手に番号が書いてあるだろう?役員ごとに番号が違うんだ。私は『003』で大宮が『002』、この順番で行くと君は…。」
「若咲書記が『004』で叶野会計が『005』、なので『006』ですね。」
「ご名答。校長が『000』を持っていて顧問が『001』、此処の鍵は学園の警備を請け負っている会社のマスターキーを使っても開かないんだ。」
専属で契約しているという警備会社でも開けられない扉、それを開けられる手段を俺は手に入れてしまった。今まで襟に着けたバッジと生徒会室で行う書類整理でしか生徒会の一員であるという事を自覚したことがなかった、だが…手に入れた鍵が今度からどこで何をしていても生徒会の一員だという事を教えてくれる。
まだ誰の指紋もついていないその鍵の持ち手に、そっと触れた。指紋も残らないほどそっと。思っていたよりもヒンヤリしていた。そのまま持ち上げてみる、黒い布から浮き上がった金色の鍵は一層太陽の光をその身に受けて眩しく光るばかり。茶色の紐を揺らす姿が優雅で、俺とは不釣り合い。
こんなにも綺麗な鍵、見たことなかったから副会長の前だというのにジッと見続けてしまった。子供の頃、母親の裁縫箱に入っていた胡桃釦を見た時もこんな気持ちになったことあった…綺麗、触りたい、掌に乗せて眺めていたいって。
「気に入ったかな?」
「…気に入った、というか恐れ多いというか。」
「そんなことはないよ、君にはそれを持つ権限がある。」
なによりも、君がその鍵を眺める姿はとても眩しいよ。
副会長は笑ったままそんなことを言った、真黒な髪が対象的な金色を綺麗に見せているようだ。そんな事言われたことなかったからなんと答えようか悩んだが、結局は気の利いたことは言えず「副会長の方が似合いますよ」しか言えなかった。優雅な人に優雅な鍵…それが本来あるべき姿なのだ。
そろそろ学園に生徒が集まり始める、もう少しでゴールデンウィークだと浮き足立つ生徒ばかりでいつも以上に賑やかな学園。滅多に人が来ない最上階で過ごす緩やかな時間は終わる、試しに生徒会の扉を開けることなく終える。
俺が生徒会室の鍵を手にしたこと、優しく暖かい朝日と仕事に忙しい監視カメラだけ見ていた。
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