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一階へ着くまでの間、叶野会計は何も話さなかった。カーディガンのポケットに手を入れて俺のことを見ていた。気分は、店頭に並べられたトマトの気分。鮮度が良いのか綺麗なのか…お金を払うだけの価値があるのかと見定められているような視線だ。
『利用し合う』、その言葉があってのこの視線なのだろう。利用し合わなくてはならないのなら条件がある。
一つは自分が求めることを相手が出来るかどうか、もう一つは相手が求めてくることを自分が出来るかどうかだ。どちらかが欠けてしまえば利用し合うことはできない。
もしも叶野会計が俺を利用したいのなら、俺に何かを成し遂げるだけの力がなくてはならない。俺を騙して得するって方法もあるのに、あくまで提案は『利用し合う』。
簡単に考えると、叶野会計が提案することは無謀とも取れる内容なのかもしれない。だから餌を使ったのだ、俺にも得があるよーと。
考えれば考えるほど、この叶野会計が胡散臭くなっていく。俺も思わず叶野会計を見て品定めの視線を投げていた。唇を曲げて一息吐き出した叶野会計はポケットから手を出して肩をすくめた。
「まー…そうなるっていう?」
「はぁ。」
「あんま身構えないで、確かに頼むことは難しいことだけど…それは君の特にもなるっていう。」
ちーん、と空気を壊すエレベーターの音。開かれた扉に叶野会計は「ついてきて、そんで覚えて」と言って俺より先にエントランスへ出た。
今更引き帰す気などない、言われた通りその背を追ってエントランスへ足を踏み出す。19時回ったというのに一階のホールには生徒たちがまだたくさんいた、制服姿で重たい鞄に背を丸めながら歩いている生徒もいれば私服姿でコンビニの袋を手にしている生徒もいる。
この時間に部屋の外にいる…と言うのは実は初めてだ。いつも渋谷とご飯を食べた後、テレビを見たり風呂に入ったり宿題をしたり…暇はできなかった。それに朝早く起きるという事もあって早く眠りたいという事も相まっていた。
玄関のガラスでできている扉、その奥は外灯でぼんやり照らされた通学路が見えた。日が当たる姿しか見たことがなかったからつい目を奪われた…が、それも数秒限り。
統一感のない真面目そうに見えて不真面目な格好をした叶野会計は、こちらをチラリと見てからゆっくり足を進める。そんな彼に周りの生徒が少しだけ息をのむ音が伝わってきた、生徒会だから、なのだろう。
五基のエレベーターが並ぶエントランスから離れ、玄関の入り口横にある寮の管理人さんがいる部屋を前にしてまたこちらを見た叶野会計は進行方向を指さした。
「この奥。」
「…こっちにあるんですか?」
「S階に行くためのエレベーターがね。なんつーか、S階にいる奴らって人気あるから狙われやすいっていう?だから面倒なことにエレベーターが別だし認証システムくぐんないといけないわけ。」
叶野会計は軽く欠伸をしながら、先へ進んでいく。あまり気にしたことがなかった場所だ、管理人さんに挨拶することはあるけれどその奥にある道を見ることはなかった。
少し細い道を進んでいけば、ポツリと一基だけエレベーターがそこにあった。しかし俺がいつも乗るエレベーターとは明らかに違う。俺がいつも乗るエレベーターの扉は銀色に校章を真ん中にあしらえ周りを花が描かれていた。
目の前にある扉は金色で校章の周りに鳳凰の羽が描かれている、その横に呼ぶためのボタンの代わりにあるのは…鍵穴一つ。
これが、認証システムなのだろうか?物珍しくてじろじろ鍵穴を見ていると叶野会計がジャージのポケットから例の鍵を取り出した…金色の、古めかしい鍵を。
「…それ。」
「そー。このエレベーターはS階の部屋の鍵か、生徒会室の鍵、あとは各委員会の部屋の鍵どれかでしか呼べないっていう。」
鍵穴にするりと鍵を差し込み右へ捻ると、ポーンと木琴の音色を連想させる落ち着いた音。音に釣られたかのようにゆっくり開いた扉の中も、落ち着いた木の壁に白い床…大理石ってやつかもしれない。
また俺より先に中へ入った叶野会計が瞳で早くと言ってくる、別次元を目の当たりにして動きにくくなっていた足を動かし中へ。俺がちゃんと中へ入ってきたことを確認した叶野会計が扉を閉めるボタンを押し、壁に寄りかかった。
このエレベーター、ボタンが二つしかない。扉を操作するボタンしかない。本当にS階と一階を結ぶためだけのものらしい…なんだか、隔離されているみたいだ。
「覚えた?これからは一人で来られる?」
「え?」
ふと、「特別」と「異端」は紙一重だな…なんてどうでもいいことを考えていたら叶野会計が俺に問いかけた。
来るまでの道のりなら、思っていたよりは簡単だったから覚えた。まぁ、生徒会の鍵を忘れずに持ち歩いていればという条件付きだけれど。
問いかけに一つ頷くと叶野会計は口の端を上に少しだけ上げ笑い、瞼を数秒間下した。それならいい、と安心したような仕草…なんていうか省エネながらに意思を主張してくる人だ、俺よりは上手に他人へ意思や感情を伝えてくれるな。
「今度、俺が呼び出したときは一人で来てほしいっていう。」
「……」
本当、伝えるの上手いな。…俺を迎えに来るのは面倒だったらしい、そこはもう少し隠しておくのが日本人としての美徳だと思う。
まぁ確かに生徒会の鍵をもらったことだし、一人で来れなくはないからな…。
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