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木琴のような音、今一度鳴り響いた。
開いた扉から見えたのは、寮の廊下だった。他の廊下と変わらない雰囲気に少しほっとさせられる。まぁそこまで贔屓なんてできないよな。
やっぱり叶野会計が先にエレベーターから出て、そのあとを俺が追う…のだけど、その足はすぐに止まった。エレベーターを降りて一番近い部屋の扉、そこで叶野会計はポケットから部屋の鍵を取り出し差し込んだのだ。
一番近い部屋に生徒会のメンバー…ってあり得るのか?と思いながら開錠する様を見ていると、「だって奥の部屋とか面倒くさいじゃん」と小さい声で呟いた声が聞こえた。この人って、やっぱり面倒くさがりなのか。なんとなく気づいていたことに見られていないけど頷いていた。
ガチャリ、良い音を立て開いた扉を最大まで広げた叶野会計は俺をちょいちょいと手招きしながら靴を脱ぎつつ中へ。足元までは見ていなかったけれど…つっかけだったんだ。ささっと裸足になった叶野会計が廊下へ進んだのを見てから、頭を下げ後に続く。
「まーなにもない部屋なんだけど。その方が話すのにもってこいっていう。」
「…どうでもいいことを聞きますが、その語尾の「っていう」っていうのは口癖ですか?」
「そうそう。」
電気のボタンを押し廊下をずんずん進んでいった背を見送りながら、玄関の扉を閉めローファーを脱いで揃え直す…ついでに叶野会計のつっかけも並べておこう。
立ち上がって叶野会計が歩いて行った方へ振り返ると、廊下の先に開きっぱなしの扉。そこから見えたのは…部屋、だった。
「……」
いやまさか。
見えたのは、部屋。たぶん間取り的にリビングに当たる場所なんだろう。リビングとなると、ソファやテーブル、テレビなどがあるはず…見ている位置が悪いのかな。なんて思いつつ歩を進めて扉をくぐってみると、やっぱりそこは部屋だった…何もない、叶野会計しかいない部屋だった。
白い壁紙にフローリング、あとは天井にある電灯しか目につかない部屋は先ほど部屋の持ち主から言われた言葉そのもの。「何もない」とは謙遜や謙虚な言葉ではなく、本当に本当の事だった。家具らしきものが何もない。
カーディガンを脱いだ叶野会計は「水とお茶とスポドリとコーヒーしかないけど、どれがいい?」と俺に尋ねてきた、その顔はさっき通り。どうやらこの生活が彼にとって当たり前らしい。
「じゃ…水で。」
「んー。…あ、座る場所ね。」
何処に立っていればいいのか良く分からない、とりあえず扉を閉めながら叶野会計の傍へ行くと思い出したかのようにそう言い右手にある部屋の扉を開き上半身をスルッと入れて五秒。戻ってきたその手には、黒いクッションと座布団二枚。
「使っていいよ」とポイポイ投げられたソレを受け取ってしまった俺、どうにも叶野会計は今入った部屋で暮らしているようだ…。なんていうか少し開いた扉の奥、そこから妙な空気が流れてきた。生活感と気だるげな空気が俺の元までやってきた。……反対側にも部屋あるみたいなんだけど、あっちももしかして空っぽ?
この寮における最大の無駄を見つけた気がする、とりあえず渡された座布団二枚を部屋の真ん中に置いてみた。生活感、ゼロの空間に申し訳程度にやってきた彩は逆に間違いさがしみたいだ。二枚あるうちの片方に座ってクッションを床に置いておく。
「何もないでしょ。」
「…はい。」
水を入れたコップを二つ、床に置いた叶野会計は俺が置いた座布団に座って胡坐。膝に肘をつき頬杖して垂れ目を細め、「必要最低限で生きる主義っていう」とまた小さい声でそう言った。面倒くさがりだと言った時も小さい声だったな、自分ことを語るのが嫌いな人か?
時計もないようで部屋に音はなかった、窓から風の音が聞こえてくる以外なにも聞こえない部屋で初対面の人と二人でジッと黙るというのは苦しいものだ。
ついついどうでもいいことを話してみたくなる、それとも大事なことを話すべきだろうか。ここに呼ばれた理由とか…。
そのためにもまずはカラリと乾いた喉を潤すために用意してもらった水が入ったコップを持ち上げ、口をつける。ひやりとしている水はカルキ臭さもなければ癖もない、買ってきた水っぽいな…と思いながら二口ほど飲んだところで、叶野会計が口を動かした。
「生徒会に入って仕事して…どー?大変じゃね?」
「大変です、人手が足りなくて。」
やっぱりこの人は、何か違う。
最初話した時も感じていたけれど、この人は浦島と遊びたいがためにサボっているような感じがしない。それよりも生徒会が追い込まれているのを冷静に眺めているような気がする。
現に嫌味のように吐き出した「人手が足りなくて」という言葉ににやりと笑って見せる。そりゃそうだと肯定するような笑みに潤したばかりの喉がまた乾いてしまった。やっぱり嫌な人だ…こうなると、利用し合うって話も相当ヤバそうだ。
結っている髪を一束撫で、笑顔のまま姿勢を前に乗り出して叶野会計は笑みをかたどった唇のままゆっくり言葉を吐き出した。
「じゃ、本題ね。」
「…どうぞ。」
「俺ね…上に行きたいっていう。」
ヒエラルキーの、上。
時計の針の音すらしない部屋に叶野会計の声は綺麗に響いた。
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