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叶野会計の部屋を出たのは、20時半ごろだった。
「今から言うルートを歩いて行けば警備に見つからず確実に部屋に帰れるっていう、覚えて。」
「…はぁ。」
もう好きにしてくれ、話合いが長すぎてぐったりしてきた俺に叶野会計はこう歩けとか言ってくる。最後に要求されたことのデカさに眩暈を覚えた俺は早く帰りたくてしょうがなかった。
教えてくれるルートをうろ覚えし一礼して専用のエレベーターに乗り扉を閉めようとしたら、叶野会計が扉が閉まるのを阻止するために足先を滑り込ませた。
まだ何か話があるのか?と顔を見れば、今日見た中で一番悪意がなく年相応の…至って普通の笑顔がそこにはあった。垂れ目をふんわり細め白い歯が見えるほど開き弧を描いた唇で、そっと言った。
「じゃ明日の放課後に生徒会室で。復帰するから仲良くしてほしいっていう?」
そう言い、足を廊下へ引っ込めた叶野会計は手をヒラヒラ振った。
俺はその姿をただ茫然と眺めていた、手を振り返したり何か言うべきだったかもしれないけれど出来ずにいた。さっきまで利用し合うだのなんだのと…まるで物みたいにお互いを見合っていたのに、急に人間味を帯びた言葉を投げられた。
いや、仲良くって言葉に裏があるかもしれない。利用し合うことを他にばらさないために仲良くするって意味かもしれない。…でも、今はそうとは捉えないでおこうと思う。
もしもあれが叶野会計なりのコミュニケーションならば、受け取っておくべきだろう、俺よりはまともなコミュニケーションだし。なんだか肩に入れてしまっていた力を抜いて、さっきの笑顔を思い返してはついつい言葉が溢れ出た。
「変な人。」
お互い様だと思うけれど。
一階に着いたエレベーターから降り、閉まっていく煌びやかな扉を見て言われた通りのルートで行くか…と廊下を歩き出そうとしたとき、ふと、妙な違和感に襲われ足を止めた。
叶野会計は呼び出したら今度は一人で来るようにと言っていた、それは一向に構わない。いつもいつも迎えに来てもらうなんて申し訳ないから。でもそこじゃなくて、もっと根本的なところから違和感が溢れてくる。
なんであの人は俺の部屋がある階を知っていて待ち伏せることが出来たのだろうか。それと…今日の朝もらったばかりの生徒会室の鍵の存在を知っているようだった。
『このエレベーターはS階の部屋の鍵か、生徒会室の鍵、あとは各委員会の部屋の鍵どれかでしか呼べないっていう。』
鍵をもらったその日の放課後に入れられた手紙、その時は一人でS階へ来ることを求められていた、S階に部屋を持っていない俺に対してだ。しかし編入生だから行く方法分からないだろうと思い迎えに来たのだ。何かが可笑しい、何かがずれている。初対面の人間に俺の事が知られすぎている。
副会長から鍵をもらった時、あの階には誰も居なかった。俺と副会長以外誰も。そして鍵をもらった後、俺は自慢なんてするだけ意味ないし盗まれたくないという理由だけで渋谷にも手嶋にも話さずにいた。鞄の中にしまっていた。
鍵を用意するのに必要なのは校長と顧問と会長の許可、そこに叶野会計は関係ない。ならいつ、どこで、どうやって、俺が生徒会室の鍵を手に入れたことを知るタイミングがあったのだろうか。
思わずエレベーターの金色の扉を見てしまった。
「…どうして。」
どうして、知っている?
「ほーんと…どうして小虎ちゃんは此処にいるわっけぇ…?」
どうして渋谷の声がするんだろう?……ん?
「…あ。渋谷。」
「あ。じゃない!!今何時だって思っているの?21時になっちゃうよ!早く部屋戻んないと!」
くるっと振り返ってみれば、そこには眉尻を上げて怒っている渋谷がいた。寝る気満々の短パンTシャツ姿の渋谷は俺の腕を掴んで歩きだした。その口は閉じることない、ずっと俺に対する心配やら不満やらお怒りやらをグダグダ漏らしている。
ずんずん歩いて行く渋谷に引っ張られ歩かされる俺は、何か言う権利は特にないし話をするのなら部屋でするべきだろう…なので何も言わず。
いつも使っているエレベーターを待っている間、俺の顔を覗き込んだ渋谷はまだ怒った顔のまま。そりゃそうか。
21時と言うと寮の玄関が施錠される時間だ、噂によるとエレベーターも止まると聞いた…噂だけど。
「小虎ちゃんってば携帯持って行ってないし遅いし…マジで心配したんだけど。」
「悪い。」
「軽すぎっ!」
俺にオーバーなリアクションを求めているのか?それは無駄なことだと思う。渋谷には悪いが小さくため息を吐き出した。やってきたエレベーターに乗り込んで自分たちの部屋のある階のボタンを押して、扉を閉めた…ら。右腕をグイッと引っ張られた。
いきなり前触れもなく引かれた右腕に体は反転し足元がふらついた。危ない、と体制を整える前に渋谷の腕は軽々と俺を受け止めた。
上へ動いたままのエレベーターの中央、さっきまで怒っていた渋谷の顔が、にっこり笑っていた。
ソレは叶野会計のさっき見た笑顔とは全く違い…温度がない。笑っているのに笑っていない、冷たい何かが背筋を這い上がっているような錯覚。
「大介がね、叶野先輩と小虎ちゃん二人で歩いているのを見たって俺に電話してくれたんだ。」
「………」
「ねー小虎ちゃん?副会長と生徒会のお話じゃなかったっけ?」
「……………叶野会計も一緒に、話をしていました。」
「コンビニのアイスもないし、嘘だったら怒るよ。」
「待て、話せば長い。」
いつもの間延びした口調じゃなくなった本気で怒った渋谷は俺が想像していたよりも恐ろしい、それを思い知った一日だった。
しかし本当のことを話すわけにはいかず…生徒会へ戻ってくるように説得しに行っていたという事で無理やり納得させた。あとコンビニのアイスを買い忘れた件については次の日買ってくることで許してもらえたが…暫くは19時以降部屋から出ることを禁止された。たかが同室者、されど同室者。
この日の夜は、説教されながら二人でリビングで雑魚寝となった。渋谷相手に下手な隠し事はやめよう、堅い床のせいで痛む体で悟った。
2015/01/30
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