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「地味な作業が似合っているっていう。」
「どうも。」
ゴールデンウィーク、この麗城学園の生徒の約80%が実家に帰るらしい。
しかし俺はその前の土日に墓参りのため侑叔父さんの元へ帰ったので、ゴールデンウィーク中は帰らず生徒会の仕事に精を尽くすことにした。
なにせゴールデンウィーク明け、すぐに新入生歓迎会…略して新歓があるから用意しなくてはならないのだ。
何をするのかと言えば体育館の飾りつけから先生たちとのプログラムの打ち合わせ、風紀委員に新歓をスムーズに進めるための応援要請などきりがないくらいには仕事が山積みだ。
お疲れだった三条副会長が実家へ帰られている間に、残った俺と叶野先輩(会計と呼んだらキモいと言われた)と叶野先輩の親衛隊でなんとか体育館の飾りつけをしているのだが、まさか紙で作るくしゃくしゃの花飾りを作るとは思わなかった。
「大宮会長もいないし若咲もいない、業者に頼むったって俺はそういう繋がりありませんっていう?」
「それは俺も同じです。」
「まぁ、こういうのもいいんじゃね?」
体育館の隅で椅子に座りながら2時間、制作作業に飽きてはいない、むしろこういう淡々とした作業は楽しい。花びらを一枚一枚引っ張って綺麗に立ててあげる作業も早くなってきた。
これでも一応、生徒会補佐です。これでもね。
叶野先輩はと言えば三条副会長からこういう風にしろ、と言われた通りにするため指揮官をしている…ので実際飾りつけを頑張っているのは叶野先輩の親衛隊の皆様方、なんというか小さくて可愛らしい人から普通の人とかバラエティーに富んでいる。それを聞いたら「だって俺って抱きたいとも抱かれたいとも思われているらしいし」と返された、本人がソレで良いならいいけど。
ちなみに叶野先輩は絶賛サボり中、俺の所へ来ては作った花飾りを眺めている。何がしたいのかは相変わらず良く分からない人だ。俺の所にいないでワイワイ賑やかな親衛隊の輪へ交じりに行くべきなのでは…まぁこういう正論は言ったって無駄だろう、頭がいい人なんだから。
椅子を並べたり掃除したり、生け花用の花瓶を用意したり壇上にマイクやスクリーンを用意したり…何でもやってもらって親衛隊の方々には頭が上がらない。こういう時だけ、その存在は羨ましくなる。
でも今は二人で話ができる状況がありがたい。
「会長に何か言わなくて大丈夫なんですか?」
「何を?」
「たとえばプログラム。開会の挨拶と閉会の挨拶があるじゃないですか。」
この学園のルールのせいで、生徒会長と言う存在の大きさは校長先生に匹敵するくらいだ。なので開会の挨拶と閉会の挨拶、その両方を毎回設けているらしい。校長先生は一回だけしか挨拶ないのに、だ。
二回も話すとなると前もって考えておく必要があるだろう、それもそれぞれ5分程度用意されている。俺は実際に会長と話をしたことがないから、会長がどれほど話術に長けた人なのかは分からないけれど結構きついと思う。
しかし俺のそんな心配などいらないと要らんばかりに、叶野先輩は「なーんだ」と欠伸を零した。ガヤガヤとした空気にのんびりしているその雰囲気が妙に異端に見えた。
「あの人ならそういうの慣れているから平気、入学式の時も当日スピーチあるって言われても平然と話していたっていう。」
「……そういう人なんですか。」
「小等部の頃からスピーチしまくってるからねー。」
それも堂々と言うから大したことない内容でも聞き入るんだよね…と花飾りを手に持ち眺める叶野先輩は眉間に皺を寄せていた。別に難しい話をしているわけでもないのに、どういうわけか眉間に皺。ただそれだけの事なのに今まで会ったことのない大宮会長の印象が『なんだか面倒そうな人』となってしまった。
しかし叶野先輩はたった数秒で眉間から皺をなくし、俺の方を見て「俺達庶民にはないもんっていう?」と緩く笑っておどけてみせた。
だからそれ以上聞く気にならなかった、多分俺が感じたことは間違いではないのだろう。叶野先輩は大宮先輩が嫌いなのだ…それこそ、この間聞かせてもらった学園内での格差のせいかもしれない。
生まれ持ってのエリートと一つの才能を認められてやってきた庶民、価値観も世界観も違うのにそれでも二人は同じ生徒会と言う組織に所属している、それも生徒たちの好みによって立候補もしていないのに投票されて。
やっぱりこの学校が何かが違う、そんな気がしてきた。
「そういえば指揮官がサボっていていいんですか?」
俺と叶野先輩の間に流れた小さな沈黙は周りの賑やかさに溶かすことにした。
生徒会の仕事なのに一般生徒にすべてを託している状態になっていることを指摘してみれば、叶野先輩は結っている髪を揺らしながらヘラリと笑い花飾りを元の場所に戻した。やっぱそういう顔の方が似合っていると心底思う。
「あーソレ?聞いちゃう?実は三条副会長からもらった資料を生徒会室に忘れたらしくて指揮官は指揮が出来ないっていう。」
でもそういうことは大事なことだと思うから早めに、そして真面目に話をするべきだと思います。
体育館での作業を始めてかれこれ2時間ちょっと経過している、なのに叶野先輩はなんとなく覚えていたことだけで指揮を執っていたことをあっけらかんと白状した。
そうした理由は分かる、この人の性格ならなんとなく理解できている…一階の体育館から最上階にある生徒会室までの道のりが面倒でしょうがないのだ。けれどこればっかりは親衛隊に任せられない仕事だからこそなんとなくでやり過ごしていたのだ、俺がこうして聞くまで。
「…じゃ、下っ端がとってきましょうか?」
「資料と俺の鞄もよろ。」
しかしそれで叶野先輩が笑顔なら良い気がした。なにせ俺は初めて会った夜に覚えたあの違和感の理由を見つけていないから。
帰りのエレベーターを降りてから感じた、あの妙な感じ。何かを握っている気がする、生徒と言う立場では得られない何かを。それが一体全体何なのかが分かるまで叶野先輩には出来る限り逆らわないようにすることにした。
俺の手の中にあった作りかけの花飾りを慣れてしまった手つきで破らないように丁寧に、それでいて素早く完成させてから椅子から立ち上がった。軽やかに手を振る叶野先輩に頭を一つさげ、俺は面倒くさい仕事をこなすために体育館を後にした。
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