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もともと体育は嫌いだ。跳び箱なら足を引っ掛け跳び箱ごと床に転がり落ちる、マラソンなら走って二分で歩きだし怒られる、マット運動なら意味なく転がりすぎてマットから落ちる、バレーなら顔面にボールが飛んでくる、バスケならドリブルしようとしたボールが天井まで飛んでいき頭に落ちてくる。
何が言いたいかって言うと叶野先輩ほどじゃないにしろ面倒くさがりで運動下手な俺は生徒会室に着くころにはヘロヘロになってしまったってことだ。
「…これか…。」
叶野先輩専用の机に置いてあった三条副会長からの書類と、椅子の上に置いてあるチャック全開の鞄を目の前にしたときはもう息が切れに切れて足が若干重たい。言い出したのは俺、確かに俺だけどなんだか腹が立つ。
少しだけ休憩をしようと目的の物を手にし、ソファに腰かけた。はぁーっと無意識で飛び出すため息が音のない生徒会に綺麗に響く。
まだまだ仕事は山積みで生徒会室は書類の山が幾つも点在している、本当は俺と叶野先輩どちらかが体育館での仕事をしてどちらかが書類を片付けるっていう体制の方が良いんだろうけれど…何分、自分はまだこの学園のことを理解できていないし、親衛隊なんかいない。
しょせんは立場だけの初心者、浦島よりも此処の事には疎い俺。だからって小等部からここに居たかったわけではない、俺が此処に至るまでの思い出とここでの経験…どっちを取るかなんて聞くだけ無駄だ。
それに、この足りない物なら今からでも遅くない。人よりも努力していけばいいだけだ。悔しいならその思いの分だけ格好良さもプライドも捨てて頑張るだけだ。
だから今は、出来ることだけを頑張ろう。
チラリと壁掛け時計を見れば11時40分、お昼前だった。そういえばお腹が空いてきた、きっと戻ったらお昼休憩になるんだろう。
まるでお腹がぽっかり開いたかのように感じる空腹感に急かされてソファから立ち上がる、まだ少しだけ足が重たいままだけど今はそれより空腹感が勝っている。
「さて、戻るか。」
書類を脇に抱え叶野先輩の鞄はチャックを締めてから肩に掛けて持ち、重々しい生徒会の扉を開き廊下へ出る。たくさんの窓からはカラリとした日差しが差し込んでいて思わず瞳を細めた。この日差しもあと一か月と少しで恋しくなる。梅雨は嫌だ、事故の時負った怪我が痛むから。
嫌なことを考えてしまいつつしっかり鍵をかけてから、歩いてきた道のりを歩き出す。階段って本当は降りている時の方が体重移動の関係で足に負担がかかるんだよな。なので昇るのが楽で降りるのが大変、らしい。一応。
そうと分かっていながら、なぜ昇りの時はあれほどまでに疲れてしまうのだろうか…不思議だ。実際に階段を降りながらどういうこことなのだろうか、と足を見ながらゆっくり歩みを進めてみる。
やっぱり楽に感じるんだけどな…と、三階に着いたら一度足を止めて今一度足を観察。こういう些細なことを本気で考えるのが案外好きだったりする。他人から見たら馬鹿げていることをね。
重力の関係なんだよな、空から地上へ向かってかけられている重力に逆らうのは重たいと感じる。しかしその重力に従って降りるのが大変、それは移動する体重を受け止めるのが…
「靴ひもでも切れたの?」
ゴールデンウィークでほとんど誰も居ない学校の三階、階段の前で足を見ながらぼんやりと考え事をする生徒を見つけたらそりゃ少しばかり心配にもなるかもしれない。
背後から声をかけられた…それまでに考えていた事から意識を引っ張られた、頭の中でただコツコツと持論を完成させようとして使える思考と言う思考をそっちへ持って行っていただけに反動でその声に全ての神経を持って行かれた。
お蔭で考えていたこと全てじゃないにしろおおむね弾けた。また考え直さなくちゃいけない…けれどこんなところで考え事をしている自分が悪い、フッと息を吐き出した。
階段前で立ち尽くしていたなんて邪魔だっただろうしびっくりさせてしまっただろう、仮にも生徒会補佐なんだからしっかりしなくては。あと悪い噂でも流れたら困るから階段の昇り降りのとかって言うのは伏せておこう。
くるりと振り返ってみれば、自分よりも背が高い生徒が居た。明るく色素の薄い茶色のふわふわの髪に赤い切れ長の瞳がお互いを引き立てあっていた。良く見かけるシンプルな霜降り灰色のパーカーに黒のシャツ、派手なベルトにデニムとシンプルな服装を見ると…何か忘れ物をして取りに来たのだろう。
校則上、学校に私服で入るのは禁止されているけれど…上級生のようだし厳しく言っておくことはしないでおこう。首を横に緩く振り遅れながらに返事をする。
「いえ、少し考え事していただけです。」
「ならいいんだ、もしかしたら体調悪いのかと思ってね。」
ニコリと笑い俺の傍へ寄ってきたその人、近くで見れば見るほど背が高いのが良く分かる。たぶん10センチくらい余裕で離れている。
笑みを絶やさず目の前に立つと「こんなとこで考え事なんかしたら危ないよ」と注意してくれる、爽やかで人に好かれそうな柔らかな声はふわふわの髪によく合っている。切れ長の瞳だって笑みで細められればその切れ味をなくしてしまうものだ。
…が、どういうわけだろうか。
(目が、視線が、刺さる。)
可笑しい。
なぜか細まっている瞳から感じる視線が痛い。
叶野先輩や龍崎委員長の時よりもずっとずっと痛くて、無意識に背筋がギュッと縮こまって背筋を伸ばされるような、動けなくなるような。優しい音色に乗せて弾丸を放たれているような…。
そういえば似たものなら覚えがある、龍崎委員長だ。初めて会ったとき彼は笑顔を消した、それまで笑顔で話していたのに急に笑顔を消し俺を見続けた。それは俺を試すために投げられた殺気のようなもの。それに似ていると言えば似ているが、あくまで目の前の人は態度や雰囲気は優しい。けれど視線が龍崎委員長に向けられた殺気を凝縮して凝縮して凝縮した、それくらい重くて暗く感じる。
見た目で騙しているだけなんだ、中身は全く別のことを抱いている。隠しきれていないものが視線に出ているんだ。
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