アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5の3
-
刺さる視線に後ずさりしたかった、しかし後ずさったところで後ろは階段。まっさかさまに落ちるだけだ。
正体不詳の目の前の人から逃げるのならばきちんと話し合い切り上げなくてはならないというわけだ、ここにきて足手まといになるのは襟についている「補佐」のバッチ。下手な態度とれば立場が揺らぐのが役職と言うもの。
「…あなたは、何か忘れ物でも取りに来たんですか?」
あくまでも穏便に進めたい、当たり障りない話題をまずは振って恐ろしく感じてしまう視線に負けずに瞳を見返す。最初は肝心だ、見返して逃げる意思がないことを示しておく。
すると彼は肩を竦めて「まぁね」と適当な返事でさっさと逃げた、話す気はないと言いたいのかそれとも…
「君って補佐になった一年でしょ?」
俺が話題を選ぶ権利はないと言いたいらしい。
ゆっくり俺の方へ伸ばされた手は人差し指で俺の襟についているバッチを指さした。知っているけれど確認、そう言いたげに触れるか触れないかの位置にやってきた人差し指に恐ろしさは増した。まるで心臓に爪を立てられたのではと嫌な汗がわいたのを感じた。
濁されたさっきの返事を聞く限り、彼は忘れ物を取りに来たんじゃない。しかし私服で誰も居ない学校をうろつくことは普通の生徒ならしないだろう。なら彼はどうしてここに居るのか…他人に知られてはならないことをしに来たのか、考えたくはないけれどもしかして狙ってきたのだろうか。
俺に会いに。
「一年で生徒会って大変そうだね、ていうか大変なのか。」
「まぁ…。」
なんとなく立てた仮説が本当なら、一緒にいるのは危険だ。人気のない校舎ならなおの事。
一応叶野先輩のお使いでここに居るから帰りが遅かったら叶野先輩が探しに来てくれるだろうけれど、あの人がその思考にたどり着くまでどれほどの時間が必要なのかはさっぱりだ。
春の名残を含んだ日差しだけが穏やかなだけで俺と彼の間に流れる空気は少しずつ色を曇らせる。お互い視線を逸らしあわないまま、俺は唇に力を込めて一文字に結んだ。何かを話す気はないと安易な意思表示ではあるが通じる人には通じる。
生徒会のことを教える気もないし何か誘惑に乗る気もない、取引なら叶野先輩が先約でいるからしない。話題を変える権利を持たせてくれないなら俺は黙り込むだけ。
一切話さなくなった俺に対し、笑顔だった彼は口の端を少し下げ「ははっ」と声だけで笑った。そしてバッチを指さした手で口元を覆い隠し切れ味を取り戻した瞳で俺を改めて刺した、ざっくりと飛んでくるその視線の強さが、さらに増した。
「馬鹿じゃない奴は嫌いじゃねーけど、頑固な奴は好きじゃねーな。」
爽やかで明るかった声がいきなり低くなった、口調までもさっきまでと違うものになった彼は口元を隠していた掌を下げ緩やかに笑って見せた。それは蛇を連想させる不思議な笑顔、首を絞めてきそうな笑顔。
コッチが彼なのだろう、本当の彼。やっと中身が出てきたのだ、この彼になってやっと視線の強さが浮き立つことが無くなった。
明らかな態度につい俺の唇は結んでいた力を緩めて薄々感じていた言葉を吐き出してしまった。その言葉は俺が立てた仮説と良く合い、色んなことに合点がいく言葉。
「あなたが浅海ですか?」
短い言葉だったが、彼は眉をピクリと少し動かし反応を見せた。
俺を射抜くような殺気を何倍も凝縮したような視線も、偶然の様で偶然ではない可能性ある出会いも、生徒会の補佐であることを確認することも、砕けた会話の節々に感じる乱暴さも…全て、この質問の答えで片付くのだ。
生徒会を嫌っている浅海、龍崎委員長の従弟の浅海、D組を率いる浅海、俺はまだ会ったことない浅海。
「あからさま過ぎたか…ま、いつかは出会う運命だ。俺は浅海月人(あさみつきと)、お前の想像通りさ。」
クッと喉の奥で笑いながらされた自己紹介、酷く簡単だったけれどそれだけで十分だった。
何時かは会うのだと分かっていた、だけれどもこんな急にその時がやってくるとは思っていなかった。反生徒会のメンバーで騒動を起こされた際にでも会う可能性がありそうだ…というくらいにしか考えていなかった。
しかし、浅海にとっては今が会うのにちょうどいいタイミングなのだろう。
誰も居ない校舎、一人きりの生徒会補佐、補佐になりたてで崩しやすい…芽を摘むなら早い段階、それは俺も考えたこと。
やってしまった、といった言葉が俺の今の心情にふさわしい。
耳を澄ましても足音ひとつ聞こえてこない校舎で、会ってはいけない人間に出会ってしまった。薄く笑みを浮かべる浅海に、俺の指先が急速に冷えていく。血液が浅海に怯えているよう。
頼りない手で祈るように叶野先輩の鞄の持ち手を握った、ぎゅっと少し強めに。力強い視線から目を逸らしたら殺されてしまいそうな緊張感に声帯が消失したかのように役割を果たさない、言いたいことが幾つもあるのに、浅海に聞きたいことが山ほどあるのに。
そうだと脳が思っていても体は反応せず、結果、浅海が首を傾げ首を撫でる仕草を見るだけ。
「ビビってんのか威嚇してんのかいまいち分かんねぇ奴だな。」
「……」
「ははっ、会っていきなり殺したりなんざしねぇよ。挨拶だ、あいさつ。」
首を撫でた大きな手をひらひら俺の目の前で振ってみせた浅海は、数歩後退して距離を開けた。何もしないと言葉と態度で示して見せた。物騒な表現に合わない態度が逆に恐怖でしかなかった、愉快犯という言葉が良く似合う人なのだろう…何がギャンブラーだ、何が賭博士だ、この人は紛れもなく愉快犯だ。
自分の発した言葉や態度で周りがどう揺れ動くのか良く分かっている、冷静な愉快犯だ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
41 / 44