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「うたかた?」
暖房の効き過ぎた室内。
陽当たりの良い窓辺の席で物語の世界に浸っていると、唐突に古い文庫本の題名を読み上げる声がした。
「それってどんな話?」
その声を無視して読書を続けていると、俺の邪魔をするように再び掛けられる言葉。
「自分で読んでみろよ。」
呆れながら顔を上げてそう返事をすると、俺の向かいの席に座った声の主は満足そうに微笑んで。
少年と青年のちょうど中間、といった感じの瞳を無邪気に俺へ向けてくる。
「読んだ事はあるよ。」
「は?だったら話は分かってるだろ。」
休日の図書館は、利用者も多くて。
多くの人達が静かにそれぞれの時間を過ごしているのを気にしながら、声を潜めて抗議する。
「話は、ね。分かってるよ。」
「だったらどうして。」
「先生がこの本を読んで、どんな話だと思ったかが知りたいんだよ。」
「……。」
公立高校の生徒と教師。
目の前にいるこいつと俺の関係は、そんな簡潔な一言で表現できてしまう。
だけど、そんな俺達が休日にわざわざ約束をして一緒に外出をする理由については、沢山の言い訳と整理のつかない感情の上に成り立っている。
「先生、教えて?」
まるで悪魔の生まれ変わりなのかと思うくらいに、俺の心をかき乱すこの男。
一回り近く年下の人間の頭の中が、どんな思考回路なのかは理解に苦しむけど。
まあ、そんな所も含めて俺はこいつを気に入っている。
「そうだな……、小説として面白いかどうかは疑問かな。」
「疑問なんだ。」
可笑しそうに笑った声に、静かにしろよって注意をして。
俺の言葉に小さく頷いた顔が、感想の続きを求める。
「面白いかどうかは解らないけど。」
「解らないけど?」
「……お前に似てるって感じるよ。」
そう言うと、俺の言葉が予想外だったのか驚いた顔をしているから、思わず笑ってしまう。
「俺に似てるって……、それこそどんな感じなんだよ。」
儚くて、寂しくて、愛おしくて、温かい。
嫌でも心を惹きつけられて、掴まれたその手触りが永遠に残るような印象。
そんな日本語の羅列を口にしようとして、やっぱりやめておこうと視線を本に戻す。
「先生……」
視界の外から掛けられた、俺を呼ぶ声。
いつか、こいつが卒業して。
この口が俺の事を先生と呼ばなくなる日が来たら。
俺達の関係も何かが変わるんだろうか。
それとも、何も無かったかのように消えて無くなってしまうのかな。
やがて訪れる、そのいつかを待ちわびるような。
恐れるような気持ちで次のページをめくった。
<end>
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