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有紀子
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「眞人さん、遅くなってごめんなさい」
その時、玄関口にもう一つ人影が現れた。
茶色い髪をポニーテールに結い上げた、若い女だった。
両手に二つのキャリーバッグを引きずって、息を切らせながら眞人の後ろに立っている。
「だから、僕も持つと言ったのに」
「大丈夫、大丈夫…ここのお庭、すごく広くて、迷っちゃったの」
二人は顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。
若い女の視線が、不意に、呆然と佇む私を捉える。
「あら…もしかして、彼が」
「うん、弟の幹久だよ。幹久、こちらは有紀子さん。僕の…婚約者だよ」
そう言った兄の顔が一瞬、申し訳なさそうに歪んだのを、私は見逃さなかった。
何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
こちらの心情など知らぬ顔で、眞人の婚約者、有紀子は、荷物を降ろしてずいと握手を求めてくる。
「はじめまして、橘 有紀子です。三年前から、眞人さんとお付き合いさせていただいています」
私を選ばなかった眞人が選んだ、唯一の人。
やけにはきはき話すその人は、小柄な体の、世間一般から見れば可愛らしい人だった。
震える拳を固く握り、逆の手で何とか握手に応じる。
「有紀子さん、悪いけど、ちょっと押してくれないかな。段差が…」
何も言わない私を有紀子は不思議そうに見上げていたが、眞人に声をかけられ、はいはいと従った。
不自由な眞人の背を押す姿を見て、何故か、胸が締め付けられる。
三年前…恐らく、眞人から最初で最後の連絡があった頃だ。
あの日、私の要求に答えなかった眞人は、すでにこの人を愛していたのだろうか。
それとも、私と同じく、過去の出来事を振り払うために、愛もないまま付き合っているんじゃないか。
慣れた様子で車輪を丁寧に拭き、家に上がってくる様子を見ながらそんなことを考えていたが、
仲睦まじい二人の姿に、そんな歪んだ希望は、瞬く間に打ち消された。
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