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どれくらい、そうしていたのだろう。
ガチャリと扉の開く音でハッと現実に引き戻される。
住人の誰かが出てきたようだ。
いつまでもここにいるわけにはいかないし、流石に浮気現場に乗り込むほどの勇気はなくて、慌てて階段を降りようとした。
が、呼吸すらままならなかったせいだろう、脚が痺れていて、縺れてしまう。
「あっ…!」
すぐ脇の壁に寄りかかり辛うじて転倒は免れたが、思わず声が出てしまった。
その瞬間。
「風間くん!?」
何故か、聞き覚えのある声が、僕の名を呼んだ。
え?この声は?
驚いて顔をあげると、そこには予想通り、桐島さんがいた。
「………!?」
その服装は、さっき見た後ろ姿で。
今開いた扉は、本宮くんの部屋の扉だったらしい。
つまり、彼の部屋の合鍵を持っていたのは、桐島さん。
彼の浮気相手―いや、本命の相手―は、桐島さんだった。
もう、『どうして?』なんて疑問すら湧いてはこない。
当たり前だ。
あんな素敵な人がいるなら、僕なんて敵うはずがない。
寧ろ、今まで構って貰えていたことにこそ、疑問が生じる。
恐らく、桐島さんが忙しいときの暇潰しとか、穴埋めなのだろうけれど。
放っておいてくれればいいのに、桐島さんは残酷なほどに優しくて。
「風間くん、大丈夫?顔色悪いよ。
どうしたの?こんなところで」
ふらつく僕を支えて、背中を撫でてくれる。
感情が、一気に溢れ出す。
桐島さんの心遣いが、痛い。
ごめんなさい、僕は貴方の大切な人と…。
いっそのこと、桐島さんがイヤな人なら良かったのに。
そうしたら、恨むことも出来たのに。
桐島さんの優しさも人のよさも知っているだけに、彼のことは責められない。
自責の念しか、湧いてこない。
悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、ぐちゃぐちゃで何が何だか分からなくなる。
いや、きっとその全部だ。
「すみっ…ませっ…。
大丈っ…夫…」
必死に伝えようとした言葉は、言葉にならない。
涙も嗚咽も、堪える術がなくて。
ひたすら、ヒックヒックとしゃくりあげる。
でも、こんな酷い状態の僕を見て、桐島さんは一人で何かを納得したらしい。
「風間くんの名前って、“将吾”だったよね?」
「え…?…は…い…」
唐突な質問に、意味もわからず反射的に頷く。
「そっかぁ、柳の“しょうごさん”って、風間くんだったんだ」
桐島さんが、その整った顔に穏やかな微笑みを浮かべた。
意味が、分からない。
僕の名前が、何?
桐島さんは、本宮くんを“柳”って呼んでいるんだ…?
何で、そんなに柔らかく、微笑むの?
疑問が湧きすぎて、何から口にしてよいか分からない。
相当間抜けな顔をしていたんだろう。
桐島さんは、堪えきれない様子で小さくクスリと笑った。
「風間くん、勘違いだったら、ごめんね。
風間くんがここにいる理由は、“本宮柳”?」
「…はい」
質問の意図はイマイチ分からないが、取り敢えず桐島さんは僕と本宮くんの関係を少しは知っているらしい。
まさか、桐島さん公認の浮気、とか?
「立ち話もなんだし、中に入ろうか?」
背中を撫でていた手が離れ、代わりに僕の手が取られる。
導かれるままに本宮くんの部屋の前へ来ると、やっぱり桐島さんは自分のポケットから扉の鍵を取りだした。
やっぱり、胸がツキンと痛む。
そもそも、合鍵を持つ桐島さんはいいとして、約束を反故されるような関係の僕が、このまま勝手に部屋に入っても大丈夫だろうか。
けれど、桐島さんは僕の心配を余所に、慣れた手つきで玄関から繋がるキッチンの電気を点けて、スリッパまで出してくれた。
「あの……」
なかなか靴を脱ぐ勇気はなくて、やっぱり帰ると伝えようと、口を開く。
なのにそれを遮るように、桐島さんがマイペースに問いかけてくる。
「風間くん、風邪ひきやすい?
一応これしておいて。
明日休まれたら、オレが総務に怒られちゃう」
おどけたような口調で、マスクが差し出されて。
「え……?」
流石にネガティブな僕でも、何となく分かってきた。
本宮くんが約束をキャンセルしたのは、恐らく風邪をひいたから。
でも、そこで何で桐島さん?
どんな関係かは分からないが、僕じゃ頼りにならないということだろうか。
またうじうじしていると、桐島さんに強引に腕を引かれる。
まさかスニーカーのまま上がるわけにもいかず、慌ててスリッパに履き替えた。
先を行く桐島さんが、キッチンと部屋を隔てる扉を開く。
案の定、本宮くんはこちらに背を向けてベッドに横たわっていて。
こぼれる明かりが、枕元のクスリや体温計を照らした。
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