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デート 6
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「将吾さん、見て?
アジ美味しそう」
親しみやすさを目指してか、“食卓で見かける魚たち”のコーナーには、アジやイワシの群れが泳いでいて。
せっかくの水族館なのに、そんなムードの無いことを屈託ない笑みで言われるから、僕は緊張するのすらバカらしくなって。
子供の引率でもしている気分で、本宮くんと水槽を回る。
女の子に声を掛けられそうになると、然り気無さを装って本宮くんが距離を取ってて。
モテるのも大変だなと、会社である人を見て思ったことを、また改めて思った。
途中、水槽の熱帯魚に見入っていたら、すれ違うカップルとぶつかりそうになった。
「すみません」
互いに謝るのと同時に、腰をクイッと引き寄せられる。
「将吾さん、大丈夫ですか?
見とれるのもいいけど、気を付けてくださいね」
途端に、心臓がドクンと跳ねる。
本宮くんに触れられた所から、身体が熱を帯びる。
「あ、うん、ありがとう」
見上げた顔は、子供っぽさなんて微塵もなくて、トキメキなんかよりも、緊張が勝る。
「じゃあ、次行きましょ?
そろそろイルカショーの時間ですよ」
僕の身体が強ばるのを察知したのか、本宮くんがまたあの子供のような笑顔に戻って。
近すぎない距離を保たれる。
ああ、そうか。
彼は、僕がすぐに緊張してしまうことも、自分のオーラが周りに与える影響も分かっているのかも。
そう気付くと、年下のはずの彼が、とても頼れる男に見えた。
イルカショーの会場に着くと、既に前列には子供連れや若いカップルがたくさんいた。
後方には、熟年のご夫婦や、子供の付き添いに疲れたらしくウトウトと居眠りするお父さんたちがチラホラいるだけで人は疎らだったので、一番後ろに並んで座る。
その瞬間だった。
「あのー、お隣いいですかぁ?」
きっと、本宮くんが腰を落ち着けるのを狙っていたのだろう。
大水槽の前でチラチラとこちらを伺っていた女の子グループが、媚びるように声をかけてくる。
『またか』と正直げんなりしてしまうが、流石に本宮くんでも、この状況でダメとは言いづらいだろう。
せっかくだけど、暫しの我慢だ。
内心溜め息を吐いたところで、本宮くんが口を開いた。
「どうぞ」
笑顔は明らかに接客時のような作られたものだが、やはりダメとは言わない。
それはそうだ。
だって、ここは公共の場で、そこは空席なのだから。
断る権利はない。
「お二人ですかー?
どこから来たの?」
「将吾さん、始まるまでまだ時間あるから、ちょっとあっちの水槽見に行きましょう?」
早速馴れ馴れしく話し出した女の子の言葉を遮って、本宮くんが立ち上がる。
「え?」
聞き返す間もなく、クイッと腕を引かれた。
時間があると言っても、あと十分もない。
水槽を見るほどの時間なんてないのに、本宮くんは僕の手を引いて歩き出す。
呆気に取られる女の子に軽く会釈だけして、あとは見向きもしない。
そんな本宮くんと女の子を、僕は複雑な気持ちで交互に見詰めた。
本当だったら、僕の方こそ、あの子達の立場のはずで。
いや、それどころか、声を掛けることすら出来なかったはずで。
なのに、なんの奇跡か、僕は今本宮くんといる。
そう思うと、彼の隣が本当に僕でいいのか、不安が押し寄せてくる。
でも、今だけ。
今だけだから。
自分でも、分かっているから。
渦巻く負の感情に気付かないふりをして、彼の背を追った。
「ごめんね、将吾さん。
俺のせいで、なんか落ち着かないですね」
先程の女の子達の死角までくると、漸く本宮くんが歩みを止める。
「ううん、大丈夫だよ」
心底申し訳なさそうに言われては、そう答える他ない。
「逆サイドの後ろの方行きましょう?
少し見づらいけど、流石にそこまでは追ってこないだろうから」
そう言うと、本宮くんが僕の手を握った。
さっきは引っ張られて歩いてる感じだったが、これは明らかに手を繋いで歩いてるようにしか見えないだろう。
「本宮くっ…!?
手…!!」
小声で訴えるが、寧ろ、本宮くんは繋いだ手に力を込めるばかりで。
「大丈夫ですよ。
みんなイルカショーに行っちゃってますから」
フフっと幸せそうに微笑まれて、今だけは、その言葉に甘えてしまう。
確かに、壁の向こうからはイルカショーの司会の挨拶が聞こえていて、ここからは屋内の係員の後ろ姿しか見えない。
ゆったりとした歩調で、イルカショーの最後列に辿り着く。
座席に着いても離されることのない手に、僕の意識はすべて持っていかれて。
ドクドクと激しい鼓動が、本宮くんに聞こえてしまわないか、気がかりで。
掌の汗が気持ち悪がられていないか心配で。
せっかくのイルカショーの内容は、殆んど覚えていなかった。
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