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雲の隙間から射し込む光
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珍しく電車で来ていた零次は一人で母親と僕の荷物を全部持って家まで送ってくれた。
何度も部屋に上がるようにと誘う母を丁寧に断って帰って行く零次をがっかりしたようなほっとしたような気持ちで見ていたら、目が合ってしまった。
硬直する僕に『電話するから』と呟く零次。
僕はどうしていいのかわからずにこくこくと頷いた。
昨日から零次はどこかおかしくなってしまったみたいで僕は戸惑ってしまう。
「ほら、愁!突っ立てないで休みなさい!」
僕が何も考えられず零次の後ろ姿に目を奪われていると、元気な母親に急き立てられて追われるようにベッドに入った。
僕を追いやった母親は腕捲りをして窓を全開にして早速掃除を始める。
目が覚めるような冷たい空気が時を止めたままの部屋に流れ込んで、僕は目を瞑ってゆっくりと吸い込む。
再び目を開けると、つい昨日までとても閉鎖的で暗く冷たい場所の様に思えていた僕の部屋は何だかとても暖かく明るい空間へと変わっていた。
『お袋さんもう帰ったの?』
「うん、さっき空港まで行って来た」
母親は1週間僕の部屋に居候をして甲斐甲斐しく看病をして、さっき夕方の飛行機で帰って行った。
相変わらず故郷へ帰れとかもっとしっかりしろとかうるさかったけど、数日経てばそれも慣れてしまって僕はそれを曖昧に流して過ごした。
紫色の空に小さくなる飛行機を見届けて少し寂しくなって携帯を見たら、零次から着信が来ていた。
やっぱり緊張はしたけど、思いきって電話をしたらすぐに聞こえた素っ気ない声にほっとする。
『……身体は?』
「全然大丈夫、調子いいよ…母さんが毎日いっぱい食べさせるからちょっと太ったかも」
零次と会話をするのも少し上手くなった。
相変わらず質問に答えるだけしか出来ないけど、前よりは多く話すことが出来ていると思う。
『仕事は行ってんの?』
「うん、昨日から行ってる…怒られると思ったのに思ったよりみんな優しくてちょっと困ってる」
零次とはあれから会ってない。
でもこの1週間で二回電話をくれた。
大した話はしていないけど、体調を気にしてくれたり、母のことを心配してくれているみたいだった。
電話が来るとつい緊張してしまって、零次の質問に答えるだけになってしまった会話は五分と持たなかったけど、
それでも僕にとっては零次が友達のように接してくれる事が信じられないくらい嬉しくて電話を切った後いつも呆けてしまっていた。
『……明日…メシ食いに行く?』
「え?」
『あ、いや…予定あるなら、いんだけど…』
「う、ううん!…予定…無いよ」
驚いてしまう。
零次から食事に誘われたのはいつ以来だろう。
多分、僕が気持ちを打ち明ける前で、バイト帰りにお腹が空いたからラーメンを食べに行ったとかそんな程度だ。
こんな風に食事に誘われるなんて初めてだった。
『どうする…?』
「…うん!…い…行く…」
思いきってそう言い切ると零次の息が漏れる音が聞こえる。
『じゃあ……時間と場所…後で連絡する』
「うん…」
零次と二人で食事をする想像をして既に緊張してしまいそうになる。
向かい合って…もしかしてお酒も飲むかもしれない。
…どうしよう、耐えられるかな…
友達の顔…ちゃんと出来るのかな
『あ…何か食いたい物ある?』
!
そんな事聞いてくれるの?
なんだか……デートみたいだ。
駄目、駄目。
緩みそうになる頬を膨らませる。
変に喜んだら…また離れて行っちゃう。
もう僕は零次を二度と失いたくない。
あくまで友達。
僕は友達と食事に行くんだ。
『何か無いの?』
「えっと……なん…だろ…?」
とはいえ…ここ最近は母さんがずっと僕の好きなものを作ってくれてたからこれといっては無い。
でも聞かれて何も答えないのは失礼にあたる。
「とりあえずは…和食以外…かな…」
和食は大好きなのだけど、ここのところずっと和食だったしとりあえず外しておこう。
となると…中華かイタリアンか…
『…わかった、じゃあ後でメールする』
!
「…あ、うん!」
…ほとんど何も言ってないけど……そんなんでよかったのだろうか。
意外とせっかちな零次に昔から変わらない姿を思ってちょっと微笑んでしまう。
相変わらずあっさりと切られた電話をポケットに仕舞って、冷たくなった指先に息を吹き掛ける。
白く変わった僕の吐息はほんの少しだけ指を暖めて夜の空気に舞っていく。
僕は固く踏み締められた雪に足を取られないように注意しながら歩き出す。
わずかな寂しさはいつの間にか明日へのドキドキにすり替えられていて、僕はポケットの中の携帯をぎゅっと握った。
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