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番外編【桜の咲く頃】②
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「乾杯」
傾けられるグラスに自分のグラスを静かに当てる。
久しぶりの愁との時間。
なんとか時間を作ったから早く二人になりたくて、何処へも行かずに愁の部屋で買ってきた弁当やら惣菜を摘まみながら、ビールを飲む。
ああ見えて意外と酒に強い愁も連日の多忙さの所為か少し目をとろんとさせて、一緒に見ているテレビドラマの最終回について熱く語っている。
俺はここ数日考えていたことをいつ言おうかとこの小さな宴が始まってからずっとそわそわしていた。
最初に見始めたバラエティ番組はいつの間にか終わっていて、このドラマも後15分もすれば終わるだろうからもう二時間以上もこの調子だ。
おかげで何本か飲んだビールは全く効いてない。
テレビの画面がCMに切り替わり 、それがハウジング会社のものとなると、なんだか背中を押された気持ちになって俺は深呼吸をする。
「なあ、愁」
「うん?」
「今年さ…アパートの更新なんだけど、そろそろあそこ出ようかと思ってるんだ」
「へえ……そうなんだ。零次あのアパート気に入ってるのかと思ってた、猫がいっぱいいるし」
俺の緊張なんかまるでわかっていないぽやんとした愁の返事。
別に俺は猫が好きだなんで言ったことない。
猫が好きなのはアンタだろ。
そんなことを心の中でぼやきながら、ビールを片手にちょっとだけ赤みの差した惚け顔を俺は真っ直ぐに見上げる。
「次はもうちょっと広い所にするつもり」
「そうなの?零次って部屋とかにあまりこだわらなそうなのに珍しいね」
そんなことを言いながら愁は目に前の小さなチーズを口に入れた。
これから俺は一世一代の言葉を掛けようとしているわけだけど、当の本人はそんな俺の緊張などつゆとも感じていないらしい。
俺は一度気持ちを落ち着かせて息を深く吸う。
「だから、よかったら………一緒に暮らさないか?」
「え?」
驚いた愁の顔。
想像通りだった。
先回りして言葉を読んだりはしない愁は、最後まで言葉にするまで勝手な想像などしないから、伝えたいことははっきりと伝えないといけない。
「この辺でもいいし、どこかアンタの住みたいところでもいい」
愁のグラスを持つ手がびっくりしている。
「こうやって会うのもいいけど、一緒に住めば家賃も半分で済むし、色々お互い何かあった時も側にいれるし」
ずっと一緒に居れるし…とは恥ずかしくて言えないけど。
「………どう…かな?」
結婚なんて存在しない俺たちの関係。
つまり一緒に住むってことは俺にとってはそれに相当するもので。
いつまでも恋人同士も心地がいいけど、俺はもっと近くでコイツといつか家族みたいになりたいって、そう思ってた。
きっかけは確かにアパートの更新だったけど、このタイミングのそれは逆に運命めいたものなんか感じたりして、まるで与えられた機会だと妙に納得し、俺の頭の中ではアイツの気に入りそうな部屋や家具までもう想像してしまっている。
答えを急ぎ過ぎる俺の性格はそんな事まで考えていたけど、ゆっくり考える愁にはあまりに突然過ぎるだろうからそこまでは言わない。
ただ一緒に住む。
夜の電話の後、虚しくなることも無くなるし、病気の時にもずっと側にいれる。
待ち合わせをしなくても会える。
そんな毎日を過ごしたい。
同じとまでは言わないけど、正直、愁も少しはそんな風に思っていてくれると思っていた。
「……………」
だけど、俺の気持ちとは裏腹に愁の表情はそこからみるみる変わっていく。
「…………愁?」
それは思い描いてた反応とは全く違うもので、俺は動揺していた。
「…………」
びっくりした顔から徐々に翳り出す愁の顔。
段々と色を失いその顔が真っ直ぐに俺を見れずに沈んでいく。
愁?
俺の話はそんなに変な話だったろうか。
そんな顔をさせるほど辛い話なのだろうか。
「……どう…した?」
突然溢れる不安に俺は情けなくも言葉を重ねてしまう。
「…………」
黙ったまま俯いてしまった愁。
「………一緒に住むって……そんなに困らせる話だった?」
思わずそんな核心に触れるようなことを聞いてしまってすぐに後悔する。
まるで俺の提案に難色を示す愁を責めているようで、そんな事を聞くのは間違えている。
「いや、悪い………急過ぎだよな…」
そんな俺の言葉に愁は苦しそうに眉を寄せた。
「……………………ごめん」
振り絞るように出される愁の声。
その声はあまりに小さく弱々し過ぎて、つけっぱなしのテレビの音に掻き消されてしまいそうだった。
ごめん、って?
口に出せなくて、俺は言葉を飲み込む。
「……………」
「………それは………出来ない…よ…」
そう言った愁の悲しい顔を全く想像してはなかった自分を俺は恥じた。
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