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おまけ【Sour candy】③
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「大丈夫ですかぁ!」
風に掻き消されないように大声で話し掛ける零次がちらっと振り向く度に顔が近くて驚いてしまう。
「だ、大丈夫!」
初めてのバイクの後部シートは本当に居心地が悪くて、足の間には零次の腰があるし、片手はバイクの後ろを掴んでいるけど、もう片方の手は零次の肩に乗せざるを得ないし、僕の膝は零次の太股とずっと触れ合っている。
どちらのとも言えない体温が触れてる時間を重ねて熱を持てば、やっぱり普通ではいられなくて困ってしまう。
ヘルメットがフルフェイスだから何とかなっているけど、自分が耳まで熱いのがわかるから、僕の顔はきっと今とんでもない色になっていると思う。
その顔に気付かれ無いように俯こうとすると距離感の掴めないヘルメットが零次のそれにぶつかってコツンと鳴る。
「上條サン?」
それに反応して振り返る零次とそれにびっくりする僕。
「だ、大丈夫!」
この繰り返し。
本当に心臓に悪い。
全身で風を切るバイクという乗り物は同じ公道を走る車とは全く違っていて、囲いもなく晒した自分の身体が高速で移動する感覚は、処理しきれないほどの感触や映像を僕に与えた。
目で追えない早さで通り過ぎる街路樹、ヘッドライトに照らされ流されていくアスファルト、バタバタと音を立てて風に膨らむ零次の上着、頭を持っていかれそうになる風圧、早さという感覚に慣れていく身体と目の前の頼もしい零次の存在。
感じきれないと思ったそれはしばらくしたら徐々に研ぎ澄まされて、麻痺したみたいに消えていくものと鮮明になっていくものとに別れていく。
そして残され感じるのはタイヤが地面を蹴る振動と、強過ぎる風と、触れあった零次の体温と、早い鼓動。
最初は大き過ぎてびっくりしたマフラーから吐き出される爆音は聞いている内に何故か爽快なものへと変わっていた。
深夜の都会の大通りは信号さえも零次の運転を邪魔することなくその先をクリアにさせて、僕たちは流れるようにその上を滑る。
会話などしないのに感じるこのぴったりと張りつくような感覚を一体何と呼べばいいのだろう。
自分たち以外が風の早さで通り過ぎるその中で、僕たちはひとつの塊になったみたいに、お互いの存在を感じていた。
それを心地がいいと思ってしまうのは、僕のどの感情が喜んでいるんだろう。
考えたく無くて僕は目を瞑る。
速度を上げる度に高くなるエンジン音と、シールドの隙間から入ってくる風の音が僕から余計な思いを少しだけ奪ってくれた。
「もうすぐですよ」
珍しく数秒間止まった赤信号で、零次がそう言った。
「う、うん…」
突然振り向く零次に懲りずに驚きまた頷いて、その言葉に僕は横を向いた。
ちょっとだけ空気が重たく感じるけどまだ今はそれだけで、なんとなく近づいた目的地が夜の向こうに潜んでいるのを気配で感じる。
………もう着いちゃうんだ。
向かっているのに本当は到着を願ってはいない自分に気づいて、また呆れた。
背を向いたままの零次とずっとこうしていたいなんて、そんなことを考えている自分を見つけて、小さく息をついてしまう。
ブレーキをかけられても燃え続けるエンジンの音が僕の溜め息を消して、その振動が僕の落胆を誤魔化した。
「行きますよ、ちゃんと掴まって下さい」
「………うん!」
離した手を再び零次の肩に乗せると、ギアを入れるカチャっという音が聞こえて、僕は前を向く。
目の前には何にもない広い道路に多過ぎるくらいのオレンジ色の外灯。
その明かりは夢を見ている時に感じる明るさとそっくりで、僕は頭が半分寝ているような錯覚を起こした。
昼のように煌々としているのに、闇を感じる不思議な光彩、進んでいるのがわからなくなるようなずっと変わらない風景。
これは現実なのだろうか、と馬鹿なことを考えたところで目の前の零次に胸がぎゅっとする。
これが夢だったらいいのに。
またそんな事を考えてしまう。
到着して、バイクを降りて、ヘルメットを取ったら僕は、また零次への気持ちを全部胸に押し込んで、友達の顔をする。
それが現実なのに。
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