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期待しなくていいって。
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呑みもの屋。
そんな看板が下がる教室の戸を開ける。
中に入ると、小ぢんまりしたその教室はいつも倉庫として使っているところだと気付く。
埃っぽかったその倉庫は、木で出来たテーブルや椅子が置いてありなかなかきちんとしたお店だった。
「いらっしゃい」
いかにも突貫工事で作りました、という感じのカウンターで男の人が微笑む。
黒くサラサラな髪の毛で、とても優しそうな男の人。
こんな人、学校に居たっけ?
少し疑問に思うが、気にしないでおく。
がらんどうな店の中は、その男の人と俺の二人っきり。
なにも注文しないのもマズイと思い、カウンターと向かい合うテーブルに座ってメニューを見る。
小洒落た名前の呑みものが沢山書いてある。
「……えと……オススメは?」
俺が訊くと、男の人はニッコリ笑って、
「甘酒なんてどうかな」
と提案してきた。
甘酒なんて実を言うと飲んだことがない。
俺は適当に頷いておく。
「あー、じゃあそれで」
「まいどありー」
男の人は、トクトクと白濁色の甘酒をお猪口によそりながら俺に話を振った。
「君、名前はなんていうの?」
「近藤 徹。 ……アンタは?」
「徹!?」
年上相手にアンタは失礼かな、なんて思ったが男の人……いや、チカは特に気を悪くはしなかったようだ。
でも、急にすっとんきょうな声を出した。
が、すぐに咳払いをしてとりなおすように微笑んで俺に甘酒を差し出す。
「……いい名前だね。
…………僕のことはチカって呼んでくれると嬉しいな」
どことなくその顔に哀愁が漂っている気がするが、気にせず甘酒をすする。
……辛い。
俺が顔をしかめると、スッと水の入ったコップを渡される。
「チカって、女みたいな名前っすね」
その水を飲みながら、チカに言う。
チカ、というのは源氏名かなにかだろうか。
まさか本名ではないと思うが。
「ほんとは、誓っていう名前なんだ。 でもね?」
チカは、自分も少し甘酒をすすりながら目を閉じる。
「ねぇ、ちょっと思い出話してもいいかな」
「どうぞ」
「はは、ありがと。
僕さ、前に彼女がいたんだよ。 買い物かごを持った女の子。 その子に付けて貰ったアダ名なの」
「買い物かごぉ!?」
俺は思わず口を挟む。
チカはかなり美形な方だ。
もっといい人はいなかったのか。
「そう、買い物かご。 彼女、弟が二人いるらしっくてさ。 オマケに両親は海外出張。 毎日学校帰りにスーパーに寄ってたの」
チカは、丁寧に説明してくれた。
「あー、うちの姉さんもそんな感じっすわ」
「そうなんだ。 でね、俺達お付き合いしてたんだ。 徹にもいるでしょ、好きな人。 僕は、そんな好きな人の隣にずっと居たいと思ったんだ」
「俺も、ずっと一緒に居たいっす」
まぁ叶いそうにないんだけどな、そんなこと。
でも、ボソリと呟いていた。
だって、一緒に居たいと思うことぐらい自由だしな。
俺は何度も頷いた。
「でもね、無理だったんだ」
「え?」
「俺、なにもからから逃げたんだ」
チカは泣きそうな顔をした。
彼女と、なにかあったんだろうか。
「ねぇ、徹……彼女、元気かな?
僕のこと、忘れちゃってないかな……僕のこと、忘れられてなかったらどうしよう……彼女が、ずっと僕のこと追いかけてるとしたらどうしよう……」
チカが目を閉じてふぅーっと息を吐くと、片耳に星形のピアスを付けているのに気付く。
俺は、あっと声を漏らす。
チカは目が覚めたように目を開けた。
「ごっ、ごめんね、こんな話して! 徹は関係ないのにね!」
「そのピアス」
歪な星形の、そのピアス。
いつだったか、そのピアスが誰かの耳元で眩しく光った時があった。
「……これ、彼女とお揃いなの。 バカみたいでしょ、まだ諦められてないの」
チカは耳元に手を持っていく。
愛おしそうにそれを撫でて、甘酒をすすった。
「まぁ、徹は僕みたいにならない方がいいよ。これさ、ある人の受け売りなんだけど。
さっさと気持ち伝えた方が相手の為、自分の為なんだってさ」
……それが出来たらどんなにいいか。
「……それ、何回も何回も言われてます」
「えっ、ウッソー!?」
美咲、兄さん、チカ──。
なにこいつら、なんか接点あるの?
「あはは、おかしいっすね」
「そうだねぇー」
額をぺしっと叩いたチカは、甘酒をぐっと飲んだ俺に身を乗り出す。
「あ、伝言頼んでいい?」
「はひ?」
「……呂律回ってないけど……」
「はい!」
なに俺、甘酒で酔ったの!?
そういえば、なんだか頭がボーッとする……
「あのさ、お姉さんに会ったらついでで。 『チカが期待しなくていいって言ってた』って言っといてくれない?」
「れ……姉さんと知り合いれすか……?」
「まーね」
その時、呑みもの屋の戸が開いた。
「……お邪魔ください……」
「あ、いらっしゃい」
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