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忘
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「わたしね、何だかもう最近スッカリ忘れてしまってるねんよ。なぁ、あんた、お父さんってどんな声やったか、覚えてる?」
忘れたくないのに、気付いたらまるで抜け落ちたように跡形もなく消えている。
そんな居たたまれなさを感じているのか
少し茶化した口調だった電話口の母の声は、いつもより高く細かったように感じた。
「でもさぁ、かあさん。逆にな。2階のトイレで動けんようになって、急いで救急車呼んだ時のこととか。入院中のことや手術の後のことも全部、ずっと覚えとったら、シンドイやんか?だからきっと、忘れてええんよ。」
「あんたはまた、そんな悟ったみたいなことを言う。」
不満そうに言いながらも、母の話題は生きている人のことへと自然に移ってゆき、何となく私はホッとした。
夜が明ければいつの間にか朝になって
何回もやって来るようないつもの金曜日が始まる。
けれど
いつかは
目覚めない朝がきて
お互いに寝惚け眼で交わす他愛のない会話がなくなる日が訪れる。
それは動かしがたい事実なのに
何度経験しても
うまく飲み込めないというか
喉元を過ぎれば、アッサリ忘れてしまう。
それでまた
従弟に男子が生まれたことを喜んだり
我が子をいつものように、学校へ送りだしたりしている。
心底怒ると、妙に改まった言葉づかいと話し方になる人だった親父をなぜか不意に思い出したりしながら
相方のベッドからシーツをひっぺがしている。
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