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memory (記憶)
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「ネーロ一家…?」
テルの方を見下ろすと、少年は顔を伏せって影を落とした。二人が組んでから周囲を取り巻く環境は大きく変わった。それでも白島は彼に何度も助けられたのだ、パートナーとして。
けれどテルは一度だって頼まなかった、協力して欲しいと。
容赦なく攻撃を仕掛けてきたナルを食い止めようとする白島に相手は不機嫌の色を濃くした。銃の代わりに戦闘ナイフに持ち替え接近戦に持ち込んでくる。
「なぜ庇う」
「納得いかねぇからだ…ッ」
「だったら、救えるのか?」
救う、そんな手立てがあるのかさえ分からない。
「余計なお節介だよ。響介にとってここがゴールなのさ」
だとしても
「知らなかったとはいえ、やすやすと見捨てられるようじゃ…相方失格だろうが」
テルは目を丸くし白島の背中を見つめた。リボルバーを握る手が緩む。
「お前はすぐ情がうつる」
深く眉根を寄せたナルの唇が震慄した。音にはならずとも読み取ってしまった言葉が直接心に響き白島の注意を僅かに逸らす。
『甘い』
手品のように左手に銃を出したナルは二発続けて連射した。狙いは白島の後ろに向いている。少年は硬直したまま動かない。
「テル!」
「母さんの死を償え」
刀を捨て守る事だけを考えた体が反射的に動いた。弾を受け止めた白島は少年に覆い被さるようにして転がる。抱き締められた腕の中でテルが目を開けると夥しい量の鮮血が男のシャツを濡らし始めていた。
「しろじ…ま…」
白島の行動はナルの脳裏に浮かぶ四年前の姿と何も変わっていなかった。
(——大人にもなれない悪魔の出来損ないをかくまう事にお前にとって何の意味がある?)
忌々しさと怒りがナルの心を揺らし引き金を引き続けた。
「拓人ぉぉお!!!」
*
照屋財閥によるグループ関連企業は衰退の一途を辿り、今やホテルや銀行、化学薬品会社の経営を残すのみとなってしまったが、そこに目を付けたのは一代で地位を築き上げた米国の実業家だった。
照屋家の一人娘を喜んで差し出した社長が、実業家の裏の顔を知ったのは病に伏せた後のまさに死に際の事だった。
財閥令嬢であった照屋奏(てるやかなで)は二人の息子を授かり、夫が付けた名前とは別に兄弟に和名を与えた。
「彼はあの子達を照屋家の跡取りではなく、マフィアの殺し屋として育てているわ。外にも出さない、学校にも行かせない…!まだ小さいのに銃なんかもたせて…気が狂ってる…!」
鳴介と響介が成長するにつれ、奏は閉鎖された空間での異質な生活にヒステリーを起こすようになった。照屋家から連れてこられた一人の執事が彼女の唯一の心の支えだった。
「お父様が居なくとも何とかして子供達とここから出なければ…日本に帰る手筈を整えて欲しいの」
脱走の企ても密告者により失敗に終わり、執事は奏を庇い兄弟の目の前で主人によって射殺された。
「いいかい、私に逆らう者はみんなこうなるんだ」
地面に転がる屍をつま先で蹴り、顔色を変えずに銃をしまう父親に兄弟は震え上がった。
「あなたは悪魔よ!!!」
絶叫した母親を叩きのめした姿を見て学ぶ。(この男には逆らえないのだ)
殺伐とした日々を送る中で、いつものように狙撃の訓練に連れ出された鳴介と響介の前に縛り上げられた数人の男達が目隠しに猿轡を咬まされた状態で投げ出された。
動物ではない、紛れもなく人間だ。
まるで練習のほんの一部だと言わんばかりに、少年たちの手にはいつの間にか実弾が籠められた拳銃が与えられている。組織の幹部である父親が二人の肩に手を置いて言い聞かせるように囁いた。
「これは悪いことをした人間に裁きを下す儀式だ。私達一家には世間とは違うルールが存在する。歯向かう者を野放しにしてはいけない。裏切り者には死を与える、これが私達の絆となるのだ」
「やめなさい!!駄目よ!!撃ってはだめ!!」
「その女を押さえていろ」
話を聞きつけ止めに入った奏を部下が捕らえ安定剤を吸わせている。その光景を見て響介の心の中に二つの罪の意識が渦巻く。母を裏切る罪と父を裏切る罪の、どちらが重いのだろうかと。
——母さんを、妻ではなく女と呼ぶ——
家族とは名ばかりだ。
響介は兄の顔が侮蔑に歪むのを見逃さなかった。
「怯えなくていい、君たちは正しい事をしているのだ。大人になる為の通過儀礼さ。私の言うことを聞きなさい」
自分達を心配し泣き叫ぶ母親を、安心させてあげられる日はきっとこない。少年は柔和に笑んで見せた。
「大丈夫だよ、母さん」
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