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body check(ボディーチェック)
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桜野、その名前が出た事で柄を握る手が震えた。今回の件も彼の仲介であり、自身の唯一の仕事の窓口だ。まさに彼に火の粉がかかる事は不本意でしかなく、これまで世話になってきた事を考えればこの場で下手な真似をするわけにはいかない。それを知っていて揺さぶりをかけてくるのだから、見た目によらずマフィアらしい対応だ。
葛藤。しかし身体能力が相手にバレてしまうからといって、完全に己を掌握されるとは限らない。
どれだけ数値化した所で対抗策を練った所で、能力の制御は自分自身で自由自在なのだから。
意を決し溜息と共に脱力するとブランクは喉を鳴らして笑った。まるであやす様に頬に添えていた手で髪ごと後頭部をなぞってくる。
「大丈夫です、すぐ済みます」
仕事とはいえ他人に体を弄られる苛立ちをどうにか抑え込みされるがまま立ち尽くす。自称研究者だというその男は被験者の胸板からスーツの襟に指を滑らせジャケットの中に侵入するとワイシャツ越しに背筋にするすると掌を這わせ、ある箇所で止めた。
「…ここに致命傷の古傷」
「……、…」
そうでしょう、と確かめるような声を耳元で囁かれ不快感に聞こえぬ振りをしぎゅっと目を閉じる。
滑るような手つきで背から腹部に落ちてくると計測は鳩尾から腰周りへ、ベルトを通り越し臀部にまで及ぶ。更に右膝を上げるように指示をすると膝裏を掴んで身体に押し付けられるような体勢になった。片足が極端に浮いたためバランスを崩し、柱に体重を預ける一方でブランクの肩を掴んで支えるしかない。
「!?もっと…普通に触れないのか」
空港の身体検査のような形式を想像していたのにヤケにねちこい触り方をする。それにこの格好は何だ。
「スミマセン〜この触れ方はワタシの趣味です。ミスター白島、とても良い身体つきをしています」
「テメェ…」
言葉とは真逆に詫びる気は一切無いようで、ニコニコとはにかむ相手をよっぽど殴りつけてやろうかと拳を握った。このセクハラ野郎。
殺意を感じたブランクは苦笑しふくらはぎを掴んだまま更に足を浮かせようとする。無理な姿勢に腰筋が痛む。
「…っ」
「右脚にクセがありますね?重心を預けるクセです」
確かにそうかもしれないが、一見するだけじゃ比べてみるまで分からない。少し触れただけでそんな事まで感知できるのか。
両脚の身体検査を終えた所でブランクが自身の唇に人差し指を当て口を開けろというような仕草をした。
嫌な予感がする。
(舌圧子でも入れて口内でも診るつもりか?)
「何を測定するつもりだ…」
意地でも奥歯を噛み締めて唸る。
「一分間の呼吸回数、心拍数、唾液の分泌量測定、つまり交感神経と副交感神経の状態確認、所謂メンタルヘルスチェックです」
かも嬉しそうに説明する男に鳥肌が立った。
「そんな事戦闘データに必要なのかよ」
「ええ、大いに重要です」
これで最後ですから、と付け加えブランクは検査をしやすいように白島の顎を向かせ顔を覗き込んだ。測定するのに器具は使わないと言ったなら、何で分泌量や呼吸回数を測るのか想像したくもない。
彼の脳内で「趣味でもある」とういう先程のブランクの言葉が反響する。どうやら一切の躊躇いもないらしい。
油断をすると鼻先が触れ合い慌てて顔を逸らした。予想した通り、いくらなんでも自尊心が大いに傷つく行為だ。これならまだ契約した方がマシだったかもしれない。否、契約してもボディチェックは行われていたはずだ。
この位置から抜け出そうとブランクの肩や胸を必死で押し返すが、体重をかけられ柱との間に挟まれる。身動きが取れずどうしてか上手くいかない。
なぜなら先程からうまく力が入らない理由が、あった。
造作も無いとブランクは白島の首筋から頬にかけてねっとりと舐め上げる。嫌悪感と出会った悪寒がゾワリと駆け抜け間抜けな声が漏れた。
「ひっ」
悲鳴をついて一瞬唇が重なる。が、突如と白島の背後から飛び出た気配にブランクは顎を引いて身構えた。
「そこまでだ」
低くともあどけない少年の発音と共に銃のセイフティーの外される音。銃口を向けられた男は渋々白島から離れると両手を挙げ一歩ずつ距離を取る。
間一髪、だがちょっと遅かったかもしれない。胸を撫で下ろし唇を袖で拭いながら隣を見るとテルが二丁の拳銃を構えブランクを狙っていた。
左をターゲットの胸に定めたまま、右で白のアヴェンタドールを指しさっさと帰れと動作で示す。
「ワォ、こんなに小さな子がバディなんですか?」
ブランクは二人の運び屋に交互に目配せをした。愛想笑いを崩さないまま彼は一瞬の隙を狙い素早く右手を懐へ入れようとした刹那、テルの放った弾がマフィアの耳の真横を撃ち抜いた。
凄まじい早打ちだ。
ワーォと感嘆するブランクは抵抗するのを諦め、大人しく愛車へと靴底を鳴らして進むと運転席へ座った。エンジンがかかれば窓がスライドされ、男がブロンド髪を覗かせる。
「ミスター白島、またお会いしましょう」
「二度とごめんだ」
車はバックして方向転換し、途中でテルに向かって手を振った。
「goodbye, bad boy」
颯爽と嵐が去るのを見届けてから白島はその場に力なくヘナヘナと座り込んだ。
「……アイツ…変な香水つけていやがった…」
自分の掌を見ると痙攣して小刻みに震えている。立っているだけでやっとだった。
銃を仕舞って近づいてきたテルは相変わらず無表情だったが何処か憤っているようだ。
「助かったよ。ありがとうな…。…あのまま拉致られる所だったな…」
もっと早く助けてくれれば良かったのに、と思うもののこうして手助けしてくれただけでも随分な進歩である。
「殺せば良かったんだ」
冷たく言い放たれた言葉に緩やかに笑った。心からの笑みだった。
「確かに殺してやりたかったがマフィアを敵にまわすのは避けたい。…仕事がやり辛くなるだろ…」
テルはジッと白島の顔を見ながら小さな手を伸ばし肩の辺りを撫でようとする。
———なんだ?慰めてくれてんのか?
と驚く彼のスーツの襟裏から少年は一センチくらいの黒い塊を取り出して掲げた。
「なんだ、ソレ」
「…GPS発信器だ」
「アンの野郎…いつの間に」
ふつふつと怒りが込み上げ次に会ったら沈めてやる、と誓う。唇を噛んで立ち上がろうとするが香水の麻痺効果が切れておらず、これでは運転もままならない。大人しく片膝を立てて座り直す。
テルの指から落とされたソレは軽快な音を立てて床へ転がった。間髪入れずに踏み砕かれる。
「お前は……お前は…甘い」
バリバリと靴裏を擦り付けながら段々とか細く尻窄みになる言葉はそれでいても聞き取るには充分だった。
「そうだな…」
「気安く、身体を触らせるな」
明らかに不機嫌だと、パートナーが感情を露わにする光景に白島は安堵したような感覚で頬が緩んだ。
「なんだ…文句の一つも言えるんじゃねえか」
相手の返事に少年は面食らい、他にも何か言いたげに唇を動かすが言葉が出てこなかった。このどうしようもない不満をどんな言葉で表すのか分からない、そういった様子だった。
白島は満足気な顔をすると、ポケットから車の鍵を取り出した。一緒に入っていたカードがハラリと地面へ舞うが気にせずに鍵をテルに向かって投げる。
「先に乗って待ってろ」
テルはそれを受け取るも動かず、白島と同じ一点を眺めながら彼の痺れが解けるのを立ち尽くして待った。
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