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emissary(密使)
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白島達が去った後、桜野は後片付けを済ませ店内の照明を全て落とした。カウンターを出て従業員室の戸を開ける。黒い蝶ネクタイを緩めワイシャツの襟元のボタンを幾つか外しながら表面が少し剥がれている臙脂色のソファに腰を下ろし肩の力を抜いて深く息を吐いた。
そして徐にポケットから携帯電話を取り出すと、登録していた番号を表示し発信ボタンを押す。
気怠げに耳に当てれば呼び出し音を聴くまでもなくすぐに相手に繋がった。
『Hello、ミスター桜野』
「…こんばんは、ベッタニーさん」
『そろそろお電話がある頃だと思っていました。返事を聞かせていただけますか?』
*
封筒の中の手紙に記されてあった受け取り場所はとある高層ビルのB2階。同ビルのB1階に車を停めて二人は従業員用エレベーターで地下へ降り立った。ポーンと電子音が鳴り扉が開く。そこはだだっ広く、壁面に設置されたオレンジのフッドライトがぼんやりと進路を照らすだけの淋しい空間だった。
天井にある蛍光灯はチカチカと点滅して今にも消えてしまいそうな物が多く照明としてあまり機能していない。
駐車場として利用されているB1階とは違いここにはアスファルトとコンクリートが敷いてあるだけで他に何も無い。「工事中」と書かれた看板や黄色いフェンスが非常階段の横に重ねられて倒してあり、赤い三角コーンが至る所にポツポツと転がっている。
依頼人のいる場所を探して踏み出すと足音が遠くまで反響する。迷路のように並ぶ柱を避けて進みながら白島はふと気になっていた事を口にしてみた。
「お前、どうして運び屋に転職したんだ?」
少し後ろから並んで歩くテルを一瞥する。少年は一拍置いてジロリと睨み返してきた。この場所とタイミングで突飛な質問だと自覚していたため、慌てて継ぎ足す。
「いやぁ、お前は歳の割に持ってるスキル高いから…前の仕事、続けられたんじゃないのかと思って」
真意としては仕事に対する思考態度、つまり、裏社会での常識が「染み付きすぎている」のが共に暮らしていくうちに垣間見えるようになったからである。
外見だけで判断をすると彼はまだ子どもだ。出生が不明なだけにどのように過ごしてきたのかが気にかかる。この少年はあまりにも表社会における「一般的な常識」というものが欠如しすぎていた。
押し黙っていたテルは前を向いて視線を落とす。そして唇を噛んだ。
「人を探している…」
質問の答えで、転職の理由。
「尋ね人が運び屋をしているって事か?」
少年は頷きそれ以上何も言わなかった。確かに殺し屋でいるよりも接点が増えるはずだ。
「そいつは一体誰だ?」と自然に頭をよぎる疑問を声に出しかけた時、異臭が鼻をついた。
足を止め、周囲を確かめる。少し先にはコンクリートの壁が区間を遮り行き止まりを示していた。左折すればまだ先へ行ける。右手をみると何かの倉庫か車庫か、ねずみ色のシャッターが降りていた。完全に閉まり切ってはおらず、テルが床との隙間を指差す。近づくとどうやらその間から臭いがする。
10センチくらいの隙間に手を差し込んで持ち上げると、簡単に上昇した。通路からの光が倉庫内に徐々に差し込んで明るくなる。
そして無残な光景が露わになった。黒いスーツを来た男達が数人折り重なって地面に倒れている。傍に開け放されたトランクが中身と共に転がっていた。状況から察するに彼らが依頼人だが、惨たらしく辺り一面に血の海が広がり息をしている者は居ない。
「…!」
「っチ…!」
只事ではない様子に二人は各々武器を出して身構える。
倉庫内には他に人の気配も隠れる場所も無い。調べてから死体へ駆け寄ろうと踏み出した白島達の背後、シャッターの方から不穏な声が響く。
「遅かったなァ?」
振り返ると見知らぬ一人の男が壁に寄りかかっていた。逆光で表情が見えない。
「退屈だったから遊んじまったよォ」
馴れ馴れしい口調でその人物は一歩踏み出し、白い粉の詰まった袋を掌の上でぽんぽんとお手玉のように片手で投げて弄んでいる。それはトランクに詰められていたものの一つだ。
「運び屋サ、ン?」
耳触りな声でキヒヒ、と笑うと持っていた袋を取り出した刃渡りの長い鎌で切り裂いた。中身がハラハラと空中に散布し床へ散らばる。
「これでお仕事失っぱァーいだな?」
「テンメェ…!何者だ…!」
白島は男に向かって走り込むと鞘を振り下ろす。彼は後ろへさがって回避し倉庫の外へ出た。追いかけると蛍光灯の元へ晒された犯人の容姿が明るみになる。
色むらのある鮮やかな桃色の髪に黒いライダースーツの上から赤と黒のボーダーの目立つパーカーを着た青年で、彼はニヤニヤと歯を覗かせ笑いながら握っていた鋭利に光る鎌をパッと離した。持ち手についていたワイヤーが収縮し腰のフックへと収まる。
「強奪屋、サンジョーウってか?」
「わざわざ遅れて来る運び屋を待ってくれる強奪屋がいるかよ…」
何が可笑しいのか、甲高い声をあげて笑う強奪屋は今度は両手に二本の鎌を握り戦闘態勢をとった。
「オレはアシバ…赤猫(レッドキャット)の構成員さァ」
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