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5(シド視点)
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「シド様、軽食をお持ち致しました。宜しければ召し上がってください」
この日は珍しく、アルフが軽食と言ってサンドイッチを部屋に持ってきた。
以前は度々こういうことがあったが、ある時からは、頼まない限り部屋に持ってくることはなくなった。
「どうしたアルフ、珍しい」
執務作業の手を止め、眉間を指で押さえていると、アルフは小さくため息をついた。
俺の前でため息をつくなんて珍しい。
「シド様が2日間も食事を召し上がっておられないので、屋敷の皆が心配しております。お身体に障るのではないかと……勿論私もです。少しだけ休憩をしてはいかがですか?」
2日間食事をしていない………か。
確かにここ最近はあの駄目魔王のせいで仕事が立て込んでいて、睡眠時間さえも削っていた。
フル稼働しすぎたかもしれない。
少し魔力が減ったような気もするしな。
「少し休憩でもするか。アルフ、紅茶を入れてくれ」
仕事をすぐ放り投げる上司を持つと苦労する。
あいつは誰よりも能力が高いくせに、誰よりも楽をしたがる。
遊び呆けて帰ってきたと思ったら、誰から構わず城に持ち帰ってきては、楽しい時を過ごしている。
今までよく謀反を起こされなかったなと正直驚きだが、それだけあいつにはカリスマ性があるのだろう。
ただし、そんな魔王を支える俺たちは、相当ダメージが大きい。
少しで良いから真面目になってほしいものだ。
夜風を感じていると、部屋の扉が開くと同時にアルフの大きなため息が聞こえた。
本当に今日はどうしたというのか。
「シド様、一口でいいのでサンドイッチを召し上がってください。エリック様が、召し上がったのを確認するまで部屋に戻らないと言い廊下にいらっしゃるのですよ。しかも今そこを通りましたら、メアリーと共に寝ておりました」
眉間にシワを寄せながら紅茶を入れるアルフは、だいぶイライラしているようだ。
先程から大きなため息を何度もついている。
「エリック…あぁ、あの人間か。一体何をしているんだあいつは」
初日にちらりと見て以来顔を合わせていないので、正直顔もぼんやりとしか記憶にない。
そう言えば、俺は人間と結婚したのだったな。
今回の婚姻だって、魔王から政略結婚でもいいからしろと言われて仕方なくしたものだ。
人間領の公爵家の者なら、容姿や性格にこだわらず、誰でもよかった。
まぁ女は面倒なので男の方が良いが。
深入りするつもりもない。
「はぁ…最初はとてもおとなしかったというのに。シド様のお身体のこともとても心配されていました。サンドイッチもかなり強引に渡してきましたよ。まぁ主人を心配するのは当然ですが。」
アルフはあまり人間を良く思っていない。
そのため、今回の婚姻については最後まで反対していた。
表面上は上手くやっているのだうが、そのぶんストレスが溜まるのだろう。
「政略結婚と分かった上で婚姻を結んだんだ。あいつも何かしらの思惑があるんだろ」
確かハンバード家の人間だったな。ハンバードと言えば、王家の人間とも親交が深く、とても大きな権力を持つ家だ。
あちらだってハイドリッヒ家の俺との婚姻関係は、悪くない話であろう。
家督は次男が継ぐらしいので、長男をどこかへ追いやりたいという気持ちもあったのかもしれない。
過去にも男女関係なく、沢山の婚約者はいた。しかし使用人を使って迷惑なアプローチをしたり、既成事実を作ってしまおうと色仕掛けまでしてくる輩もいた。
どうせこのハイドリッヒというネームバリューか俺の見てくれにだけ興味を惹かれて寄ってきたのだろう。
どうして俺の周りには短絡的な奴がこんなにも多いのだ。
「今までの方達のように、いつ本性を表すのかこちらも様子を窺う必要がありそうですね」
紅茶が机に置かれると、深みのある茶葉の香りが漂ってきた。
あの人間がゼンに作らせたであろうサンドイッチを口にすると、ほのかにフルーツの香りがして口の中がスッキリとする。
この時間に食べるにはちょうどいい味付けだ。
ゼンの料理にしては珍しい味付けである。
「サンドイッチはなかなかの味付けだな、この時間にちょうどいいし、この紅茶にもよく合う」
「それはよかったです。軽食だけでなく、きちんとした食事も忘れないでくださいね、シド様」
皿を下げようとするアルフの手を制する。
「もう夜も遅い、お前も休め。食器はゼンに礼を言うついでに俺が返してくる」
あの人間のことでストレスもあるようだし、早めに休ませた方がいいだろう。
「承知いたしました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
一口どころか、結局全てたいらげてしまうほどに美味しいサンドイッチであった。
今後も夜食としてゼンに頼むとしよう。
そう考えながら扉を開けると、少し離れた場所にメアリーと誰かが座っていた。
こちらに気付いたのか目が合う。
俺の右手を見るなり、嬉しそうに表情を和らげた。
「あ、あの…サンドイッチ召し上がったんですね!お身体には気をつけてください」
声をかけられたが、そのまま無言でゼンの部屋に向かう。
一体あいつは何をしているんだ。
あんな所で待っていたって俺から何かを与えられるわけではないというのに。
かいがいしさを見せたら、寵愛を受けるとでも思っているのだろうか。
しかし、俺の言葉の通り、適度な距離は保っているようだ。今までの自己中心的な輩とは少し違うのかもしれない。
ゼンの部屋をノックすると、まだ起きていたようですぐ扉が開いた。
「夜分遅くにすまない。サンドイッチが思いの外美味しくてな、あっという間に食べてしまった」
そう言って空いた皿を渡すとゼンは嬉しそうに受け取る。
「この時間に食べるにはちょうどいい味付けだった。よければまた作ってくれ」
「えっ…あー…シド様はご存知ないのですか?」
ゼンが気まずそうに頭をかきながらこちらを見る。
「そのサンドイッチを作ったのはエリックです。シド様のお身体のことをとても気にされていましたよ。食材から自分で買いに行って、キッチンで作ってたんですよ。全く公爵家の長男だというのに料理ができるなんて面白い奴ですよね」
ゼンがその時のことを思い出しているのか、楽しそうに笑う。
「あの人間が作ったのか…?」
サンドイッチはゼンが作ったものだと思っていた。
それに、キッチンを好き勝手使われるのをあまりよく思っていないゼンが、あっさり人間に使わせていることにも驚きである。
「食べてくれたのを確認するまで廊下で待ってるんだとか言って廊下に居座ってましたけど、エリックとは会いましたか?」
「あぁ…さっき会った」
「ホントおかしなやつですよね。でもそこが可愛いというか、目が離せないというか…」
ゼンはあの人間のことを高く評価しているのか、先程から肯定的な意見ばかりだ。
少し話をした後に部屋に戻ると、先ほどまでメアリーと人間がいた場所にはもう誰もいなかった。
*
「アルフ、あのサンドイッチをあの人間が作っていたことを知っていたか?」
「ゼンが作ったものではないんですか?」
アルフも知らなかったのか、驚きの表情でこちらを見ている。
きっとゼンが作ったものを我が物顔で持ってきたのだろうと思っていたのだろう。
「何か変なものは混入していませんでしたか?お身体は大丈夫ですか?」
「いや、問題ない」
自分の手柄を見せびらかすでもなく、むしろ控えめな態度。サンドイッチも直接渡そうと思えば出来たはず。
どうやら自分を売り込むつもりはなさそうだ。
「エリックか…」
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