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「嘘……」
「嘘じゃない。ねぇ、好きなんだよ。今だってキスしたいし、抱きしめたいと思ってる」
「あんたと俺じゃ釣り合わない」
「そういうのいらないよ」
俺を見つめる目は怒っているようにも泣いているようにも見えた。
俺はとにかく逃げ出したかった。瑛さんの気持ちは嬉しかった。同じ気持ちを共有していた気がした。
けれど、俺じゃ隣は似合わない。彼の隣には華奢で守ってあげたくなるような可憐で可愛らしい女の子が似合う。肩幅も広く、抱き心地の悪い男ではないはずだ。
だって彼は御曹司。俺のようなどこにでもいる一般人じゃない。
背負う責任だって段違い。俺みたいな家族もいないような人間とは違う。
「筒井君は? 俺のことどう思ってるの?」
今ここで頷いてはいけない。彼が大事ならそうしなければ。
そう思っていた。分かっているけれど首を横には触れなかった。ただじっと彼の綺麗な瞳を睨むようにして見据えていた。
「君は何を見ているの?」
泣き出しそうな声で瑛さんが呟いた。
「俺だけを見て。宮原の家なんて関係ないよ。俺自身を見てよ。君だけは俺を見てくれていると思ってたのに」
そういった彼の目から今にも涙が溢れそうで、俺は手を伸ばしていた。
そうして気づく。
彼は誰よりも愛を欲していると。彼くらいの家の者ならば自身と家が切り離せないことくらい分かっていて当然だ。
けれど彼はそれをして欲しくないという。自分だけを見て欲しいと。
まるで子供みたいだ。
しかしそれを心底愛おしいと思う。きっと彼は今までずっと自分だけを見て欲しかったに違いない。その言葉はずっと胸の奥に隠していたのだ。どんなに親しい人に対しても。
けれど俺にはその言葉を零してくれた。そんな彼に俺はなんて酷いことをしたんだろう。
気づいた今、彼の言葉に心が震える。好きな人にそうされてそのことを嬉しいと思わない筈がない。彼を救えるのは俺だけかもしれない。いやきっと俺だけだ。
「瑛さん」
いつしかされたように目尻を撫でる。
背伸びをして囁く。
「すき」
大好き。愛してる。言いたい言葉はうまく言えずに二文字に収まった。
その代わりに彼の目を見つめる。熱を孕んだ瞳とかちあう。きっと俺も今こんな目をしてる。
熱を孕んだその目から一筋涙がこぼれるのを静かに見ていた。
「筒井君が好きなのは俺?」
「そう言っただろ?」
「宮原の息子じゃないよね?」
今も不安そうな瞳。ああ、この人は結局誰よりも臆病だったんだ。悟られないようにしていただけで。
伝わって欲しくてその体に抱きついた。耳に流れる心音が暖かさを奏で出す。頭をそこへ擦り付けた。
瑛さんの匂いが広がる。俺を安心させる幸せな匂い。今は俺があなたを安心させてあげたい。
俺の気持ちが届けばいい。好き。好き。
「筒井君っ……」
痛いくらいに抱きしめられる。それに答えるように俺も強く縋る。
どちらからかは分からない。引き寄せられるように唇をあわせた。確かめるように何度も。何度も。
キスの合間に好きだと囁かれる。それだけで体に熱が回る。それは麻薬のようだ。もっと。もっと。
「好き。好きだよ」
「うん」
どれくらいそうしていたのだろう。何度唇を合わせたのか。
筒井君、と呼ばれる。優しい瞳で彼は笑っていた。いつもの瑛さんに戻った。
「ね、もう一回言って」
いたずらっ子のようにそういった彼に俺はバカとだけ告げた。
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