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「好きです」
人生初めての告白をされたのは、大学に入ってからだった。
相手は、大学の野球部のマネージャー。
美人じゃないけど色が白くて、腕が細くて、ちょっと胸が大きくて、ポニーテイルが下手くそなんだ。
マネージャーの仕事頑張ってる時、その下手なポニーテイルが崩れてて。何か気になったから、オレ、言ったんだ。
「三つ編みでも良くない?」
って。
その時頭にあったのは、同い年の従姉妹だった。長いくせっ毛をいつも三つ編みにしてたし、その子の髪もくせっ毛だったから。
でも、それをきっかけにちょっとずつ話すようになって……そしたら、その度に思い出すのは、高校時代のチームメイトの顔になった。
一緒にバッテリー組んでた沖田。アイツの髪も、くせっ毛だったから、かな?
じっとオレを見る目も。オレに向ける笑顔も。アイツには似てないのに、なんでだろう? その子といると、沖田のコトばかり思い出す。
沖田とは大学が別れて、卒業式以来会ってない。
目指す学部も違ったし、理系文系も違ったし、何より学力が違ったから、そもそも同じ大学に行くなんて考えてなくて。それはでも別に、他のチームメイトだって一緒で。
だから、別に今の状況に、疑問も感傷も持ってなかったんだけど――。
なんだろう? 人生初めての告白を受けて、パッと思い浮かんだのが男の顔だなんて、おかしいよね?
返事は急がないから。彼女はそう言って、それから顔をちょっとうつむけた。
「土曜日、ね、花火行かない?」
近所の河川敷で花火大会があるんだって、そういや部の皆が騒いでたのを思い出す。
「いいよ」
即答すると、「2人で?」って訊かれた。
ドキッとした。
その日に――2人で花火に行くことが、きっと返事になるんだろう。
なんとなくだけど、そんな気がした。
正直に言うと、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
それまで、その子のコトそういう目で見てなかったから……付き合うとか考えても、実感が湧かない。でも、断る理由もないから、余計に戸惑った。
中学も高校も野球ばっかで、女の子とどうこうとか考えたコトなかったし。っていうか、モテなかったし。
経験値が低過ぎて、考えたくても答えが出ない。
だから、相談したくて沖田に電話した。
「告白されたんだ、どうしよう?」
って。
『はー?』
沖田は不機嫌を隠そうともしないで、ぶっきらぼうに言った。
『なんでんなコト、オレに言うんだよ?』
ギョッとして、ハッとした。
迷惑だったかな? 忙しかった? それとも、こういう話題が嫌いだった?
なんだかどれも正解な気がして、一気に血の気が引いてしまった。
「ごめん」
オレはすぐに謝って、それから早口で言い訳した。
「あー、あのね、その子、キミに似てるんだ」
そしたら、ひゅっと息を呑む気配がして、飛び上がるくらい驚いた。
でも、いくら待っても沖田は怒鳴らなかった。短気なアイツのことだ、『バカ言うなー!』とか、てっきり大声で言われると思ったのに。
怒鳴り声の代わりに、沈黙をオレに聞かせて。沖田が1つため息をついた。
……なんか、コワイな。
腹の底が冷たくなって、オレは慌てて言い直した。
「あ、ち、違うんだ。似てるんじゃなくて、さ」
言いながら必死で考える。どんな表現が、一番ぴったりくるのか考える。
そう、似てるんじゃないんだ。
似てるんじゃないんだけど。
「その子の目を見てるとさ、なんか、キミを思い出すんだよ」
すると沖田が、電話の向こうで『ははっ』と笑った。
『なんでか知りてーか?』
「え?」
意味が分からなくて訊き返したオレに、もっかい沖田が言い直す。
『なんで、その女を見てオレを思い出しちまうのか、知りてーか?』
そして、聞いた事も無いような、低い、暗い声で、オレを誘った。
『教えてやっから、会おうぜ』
その話、電話じゃダメなのかなって、ちょっと思ったけど訊けなかった。
ほとんど一方的に時間と場所を指定され、オレは沖田と――4か月ぶりに会う事になった。
アイツの住むアパートで。
沖田の指定したのは、その花火大会の日の夕方だった。
マネージャーの彼女とは、まだ個別での約束をしてなくて、オレはちょっと落ち着かない気分だった。
部の皆は、夜の7時に校門に集合だっていうから……それまでは皆と一緒で。そしてその後、2人でこっそり抜け出すことになるかも知れない。
それか、夜遅いからって、家まで送ってくことになるかも知れない。
どっちにしろ、ちゃんと返事した方がいいかなって、そう思い始めてた。
沖田のアパートは、その花火大会のある河川敷の、川を挟んで反対側だった。
遠いようで、意外に近い。
橋を1本渡ればすぐに会える。でも、その橋が遠くて……なんだか、オレ達の関係に似てる気がした。
どこにでもあるような、ワンルームの学生アパート。沖田の部屋は3階で、周りには高いビルがあんまりなくて、西日が射し込み始めてた。
沖田は窓際に立ち、大きく開けた窓から西の空を眺めて言った。
「こっからも花火見えっかな?」
そして、くっくっく、と喉を鳴らして笑った。
「花火大会、行かないの?」
そう訊くと、沖田はくっくっと笑いながら、オレの顔をじっと見た。
「一緒に行くようなヤツなんていねーし」
ドキッとした。
なんでか、責められてるような気がして怖かった。
沖田は、信じられない事だけど、野球部に入ってないみたいだ。部屋の中をぐるっと見回しても、野球の道具が見当たらない。
バットも、グローブも、ボールも。
でも、考えてみたら、オレと違ってスポーツ推薦じゃないんだっけ。大学で、野球よりもやりたいことがあったのかも知れない。
分からない。知らない。
よく考えたら、オレ、今の沖田のコト何も知らないんだ。
高校時代、バッテリーを組んでた時は、誰よりも近くにいた気がするのに。今は、こんなにも遠くて……。
「ほらよ」
沖田が、缶ビールを1本オレに差し出した。
「飲もうぜ」
って。
まだ未成年だぞって言いかけて、でも言えなくて、のろのろと冷たい缶を受け取った。
少しずつ西の空に、オレンジ色が差してくる。
開け放した窓からは、熱い空気が入って来て。花火大会の時間はゆっくりと近付いてて。
オレは落ち着かない気分で、ビールのプルタブに手をかけた。
飲まなきゃ帰れないような、そんな気がした。
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