アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
トナミの本当
-
トントンと2度ノックをした後「トナミさん」と呼び掛ける。
中からは勿論返事はなかったから、ドアノブに手をかけゆっくりと回す。鍵はかかっていない様で、扉がギィーと軋み音をあげながらゆっくり開かれる。
部屋の中には沢山の段ボールが重ねておいてあり(多分書類とかブレスしたCDとかかな?)それをかき分けながら進むと、出窓があった。トナミさんはその出窓のサッシに足を外に投げ出す形に腰を降ろしていた。
トナミさん、そう声をかけようとした時、ふいに話し掛ける様な静かな歌声が聴こえて来たんだ。
──雪の羽衣を身に纏い愛しき人を思う時高鳴(ふるえ)る
──心に灯る淡色のあかり消えないで、せめてあの人が訪れ(く)るまでは……
窓の外を見上げながら歌い上げるトナミさんはどこか切なげで、真剣な顔で、儚げでもあった。
青く染められた髪が太陽の光でキラキラと輝いて……
綺麗だ。
内心にそう呟いて暫し僕は彼の姿に見とれていた。
すると、そんな僕に気付いたトナミさんが此方に視線を向けず「何?」と問いかけてくる。
僕はその声にハッと肩を揺らす。
「今の雛瑠璃……ですよね」
「そうだけど?」
「ちゃんと歌えるんじゃないですか」
ううん、歌えるなんてもんじゃない。ちゃんと歌詞の雰囲気も曲の旋律も理解してるこの人。感情移入出来てる。
「素敵……でした。何で歌わないんですか勿体無い」
素直に感じた思いをそのまま口にしたのに、トナミさんはくしゃりと顔を歪めてしまう。
「ダメだよこんなんじゃ」
「何で? 素敵じゃないですか! 僕は別にお世辞なんて言ってませんよ?」
「そうじゃなくて! ダメだよこんなんじゃ……」
「ダメって……」
何を言ってるんだこの人は。あれだけ高い歌唱力を見せつけておいてそれでもなおダメだと言うのか?
「何がダメなんですか? ハッキリ言ってください、さっきっから回りくどいんですよ言い方が」
「俺の声じゃダメだって言ってるんだよ!」
ドンッと窓枠を叩く音と共に怒鳴られ、僕はぱちくりと見開いた目を瞬かせた。
「この歌は、花魁が客に恋をするって話の歌詞なんだ。けして結ばれるはずのない、けしてしてはいけない恋なのに……でも相手を想う気持ちは止められない。苦しい、切ない、そんな歌詞なんだ。だから俺じゃダメなんだよ! こんなガラガラな声じゃ表現出来ないんだしちゃダメなんだっ!」
捲し立てる様に一気に言い切ると、はぁと大きく溜め息をついた。
「女心がわからないなんて嘘だよ。だって俺は女形なんだもん。女形は所作だけじゃなく女心がわからなくちゃいけないんだから。じゃないと気持ちを込めた舞は舞えない。そう教えられた。歌も……同じ。気持ちがわかっても所作が出来なくちゃ相手に気持ちを伝えられない。俺にはその所作がない……」
所作=声の事を言っているんだろうなきっと。
確かにトナミさんの声はゆったりとした曲よりアップテンポな曲のが合うと思う。まぁこれは僕の勝手なイメージだけど。
けど、そうなんだ。トナミさんはトナミさんなりに考えてたんだ。ただ感情的に嫌だって言ってたんじゃないだな。
「ごめんなさい」
トナミさんの横に立つとペコリと頭を下げた。彼はいきなり何なんだと瞬く。
「また僕、余計な事言っちゃいましたよね」
「べ、別にそんな事っ……俺もごめん」
謝ってるのは僕なのにと笑みを漏らせばトナミさんはどこかしら居心地の悪そうに視線をさ迷わせた。
「けど、でもあんたが言った事間違ってないし……さ」
「僕が言った事?」
「プロならプライドを持てとかなんかそーゆうの」
「ああ。でもあれは……」
「美月を怒らせるつもりはなかったんだぜ俺だって。けど……なんて言うのかな。何でわかってくんないんだろうって。美月は今まで色んな有名なタレントとか歌手とか俳優とか育てて来た奴だし、腕のいいプロデューサーだって俺だってわかってる。だから美月なら俺の気持ちをわかってくれるって思ってたんだ」
トナミさんは窓の外に投げ出した足をぷらぷらと揺らしながら何かを思い出す様に目を細め空を見上げる。
「俺に演技をやってみないかって声をかけてくれたのは美月なんだぜ」
「叔父さんが?」
そう問い返せばトナミさんはうんと頷く。
「そん時は、女形としての葛藤っていうか……歳を取るにつれて男らしくなっていく身体に不安とか悩みとかめっちゃくちゃある時でさ。そりゃ俺は男だもん、声変わりだってするし筋肉だってついてくる。鈴あんちゃんだってそうだったと思うよ。だってあんちゃんは2メートル近く身長あるんだもん。どうみても女に見えないじゃん」
確かに。いくら中性的な顔立ちだとしてもあれだけ身長があれば端から見れば女装の大男に違いない。
「でも、やっぱ鈴あんちゃんと俺は違う。あんちゃんは不利になるはずの身長を反対に活かした。あんちゃんさ、ああ見えて結構身体は華奢なんだぜ。ほっそいんだ。だから女形の格好するとめちゃくちゃ色っぽいんだよ。でも俺は違う。どんどん男っぽくなってく」
「けど、トナミさんだって歳の割には華奢な方だと思いますけど」
年齢の割にはまだ身長も小さい方だし、肩幅だってほっそりしてるし。まだ少年の域をさ迷ってるって感じだ。
「今はな。けどそれもあと一年・二年で変わってくよ。それが俺は許せなかった。そうやって悩んで悩んで……そんな時に美月に会ったんだ。もともとあいつは俺の幼馴染みのプロデューサーやってたんだけどさ、どういうわけか俺に声をかけてくれたんだ。演技をやってみないかって」
「それでトナミさんは何て答えたんですか?」
「勿論YESに決まってんじゃん。演技は好きだもん。最初は音楽に乗らずの演技ってよくわかんなかったんだけど、やってみたら結構楽しかったんだよね」
そっか、女形は俳優とかの演技とはまた違うんだ。僕はそっち系統はよくわからないけど……。
「じゃあ歌は?」
「歌?」
「歌は好きですか? 嫌いですか?」
「歌か……」
トナミさんは暫し「う~ん」と考えた後「好きかな」と返答をしてきた。
「SAGINの奴ら皆でこう舞台の上をさ、ぷぁ~っと暴れんの楽しいし。俺SAGINも大好きだし。だからちょっとさ、ほんのちょこっとだけ悪いなぁとか思ってたんだよね」
「何がですか?」
「俺だけソロ活動するのが。って言ってもシーナと悠汰はモデル業で忙しいし、樹は最近子役としてドラマだー映画だーって走り回ってるし。リーダーも最近時代劇とか特撮で名前売れてきたしさぁ。俺だけなんだよね全然オーディション受からないの。だから仕方ないのかなってさ。俺らが働かなきゃ事務所潰れちゃうもん」
トナミさんは頬杖をつきながらはぁ、と本日何度目かの溜め息を吐き出す。その横顔をふと覗き見ればどこか寂しげな、なんと言うか複雑そうな顔。
別にソロが嫌な訳じゃないんだろうけど、何か思うところがあるのかその表情は暗い。
「叔父さんが言ってたんですけど」
僕の切り出しにトナミさんの視線が此方に向けられる。
「トナミさんは歌唱力が高い人だから歌を歌わせてみるんだって。それに演技で伸び悩んでいるなら無理させず違う事をさせて気分転換するのもいいんじゃないかって言ってましたよ」
「うっそだぁ。あの腹黒鬼畜美月がそんな甘ちゃんな事言うわけないじゃん」
訝しげに身を退きながら即答する。
や、貴方人の身内を何だと思ってんですか……。
「腹黒鬼畜はともかく……僕は嘘なんかついてませんよ。叔父さんは本当にそう言ってました」
「え~……」
尚も信じられないといった様に片眉をつり上げるトナミさんに、僕はコホンと咳払いをする。
「鈴音さんも言ってた。叔父さんは芸事には本当に厳しいって。叔父さんは一度売り込むと言ったら何が何でもその人を一流にのし上げる人なんだって。そんな実力のある叔父さんが何でトナミさんやSAGINの皆の為に動いてるのか」
きっとトナミさんの話を聞く限り、そんな高いお給料をもらってる訳じゃないと思う。そんなの事務所の今の現状見れば僕だってわかる。
「僕は叔父としての櫻木美月しか知らない。プロデューサーとしての叔父さんの事は本当にわからないから……トナミさんはどう思いますか?」
やわらかな笑みを浮かべて首を傾げ問う。
「叔父さんがトナミさんをもういらないって言ったのは、何故だと思いますか? 本気でいらないと、言ったのかな?」
「…………」
トナミさんはその問いに口元に指をあて目を伏せた。辺りを包む沈黙の空気。
やや間が空いた後、ふとトナミさんが視線を此方へと再度向ける。
「なぁミナト、お前歌って得意?」
「え?」
「俺、いい事思い付いちゃった」
ニッと笑みを見せたトナミさんの瞳には、今までの迷いの色は消え失せ、代わりに力強い光が生まれていた────。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
16 / 19