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企業秘密です
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会場の外に出きると、近場に設置されたベンチに腰を落ち着けた。隣接された自販機でコーヒーを買い一口含むとふぅ、と一息つく。
「まだ顔が熱いや」
未だポカポカと火照ったままの頬によく冷えた缶を宛がい苦笑いを溢す。
最初はトナミさんの歌声が流れていたのに、彼はなんともないと言った様にミスをする事なく踊っていた。あれがプロ根性って奴なのかな。
「僕はダメだなぁ。あんなの恥ずかしすぎる」
友達とカラオケ行ってもいつも僕は手拍子を打つだけで歌わないし。それでいつもつまらないって言われちゃって最近じゃ全然誘われなくなったんだよな。
「ふぅ……」
あぁ、でも途中で逃げちゃったけどトナミさん大丈夫だったかな? ちゃんと踊りきれたんだろうか。
まぁ彼の事だから心配ないんだろうけど……。
「今更戻るのもなんだし……帰ろう」
コーヒーを一気に飲みきると、ダストボックスに放る。よいしょと立ち上がると同時に「すみません」と声を掛けられてぴたりと動きをとめる。
「はい?」
視線を声のした方へ向けると、一人の男性がニコニコと笑みを携え立っていた。
「あのー新栄会館ってどの建物になるんですかね?」
「新栄会館? えっとそれならあっちの――――」
僕は今出てきた建物を指差す。
「あの建物です」
「あ、そうなんだ。なぁんだめっちゃ違いじゃない」
チケットらしき紙切れを手にうんうんと頷く男性。
あれ?
見覚えのあるそのチケットを指差しながら「あのぅ」と声をかける。
「そのチケット……」
「ん? これ?」
「多分その公演、もう終わりますよ」
「え? 嘘っ?」
バッと手元に視線を落とす。
彼が持っていたのは鈴音さん達の公演チケット。僕がもらったのと同じ物だったからすぐに気付いた。
「それ神宮三兄弟の公演チケットですよね? 僕さっき最後の演目の途中で外に出たから」
「うあー最悪だぁ、俺が今日この日をどれだけ楽しみにしてたと思ってんだよぉ」
力が抜ける様にその場に座り込み自然な赤茶色の髪をバサバサとかきむしりながら大きな溜め息をつく。
「今日こそ生鈴音に会えると思ったのになぁ」
生鈴音って……。
「せっかく美月からもらったのになーチケット」
ちぇっと子供染みた舌打ちをする。て言うか今美月って言った?
「あの、もしかして……」
叔父さんの知り合いですか?
そう問い掛ける前に男性はガバリと立ち上がり「まぁしゃーないな」と一人ぶつくさ言いながらさっさと会場とは反対の方向に向かって歩き出していく。
途中何かを思い出した様にこちらへ振り返ると、
「引き留めてごめんね」
と手を振り、そのまま歩き去っていく。
なんだったんだろうあの人……。
つられる様に挙げた手をそのままに、僕は眉を寄せながら首を傾げた――――。
「ヘタレ」
次の日、トナミさんに呼び出され事務所に向かえば不機嫌全快で僕を待っていた彼に開口一番そう吐き捨てられた。
それは嫌味を含んだ物でもましてやからかいを含んだ物でもなく、ただ怒りのままに吐き捨てられた言葉。
それに僕はハハハと苦笑いをもらしながらごめんなさいと謝罪した。
「何で逃げんだよ! 俺がせっかく久しぶりに舞ってたってのにさ」
「ごめんなさい。だってあまりにも、その……恥ずかしくて」
「何がだよ。俺の歌だって最初に流れてたじゃんか」
「そりゃ、だってトナミさんはプロだから。馴れてるじゃないですか」
「じゃあお前も馴れたらいいじゃん」
そんな無茶な。
さらりと返して来たトナミさんに内心でツッコミを入れた。
「あ、何だ来てたのかミナト君」
カチャリと開かれたドアからひょっこりと顔を覗かせた貴文さんに、ペコリと頭を下げる。貴文さんはにんまりとした笑みを携えどこか機嫌良さげな感じ。
どうしました? と問えば貴文さんは一枚の紙を僕とトナミさんの眼前に掲げた。
「なんだよこれ」
トナミさんがその紙と貴文さんを交互に見上げる。
「昨日の新曲への問い合わせとトナミへの出演依頼さ」
「えっ?」
僕とトナミさんの声が重なる。
「昨日何かテレビ局のお偉いさんが演目見に来てたらしくて、楽テレビだぜ楽テレビ!」
「楽テレビって確か月9ドラマの常連局ですよね」
「そうそう! そこからの依頼だ。しかも既に決まってた俳優をキャンセルしてトナミに依頼したいって話が来たんだよ」
「うえ~なんかヤダなぁそういうの」
しかめっ面を作って批難するトナミさんに貴文さんが左手を振り上げチョップを頭の上に落とす。
「いたっ」
「おバカ! お前の実力を買ってくれたんだろうが!」
「そうだろうけどさぁ……」
テレビ局……あれ、でも昨日の公演って確か……。
「てわけでさっそくミーティングがあるから行くぞ」
「え? 今からっ?」
「そうだよ今から。ほら行くぞ」
「えー……」
貴文さんに急かされながらテーブルに放り投げられていた荷物を手にとると「じゃあ」と僕に振り返る。
「行ってくるけど」
「頑張って下さいね」
ファイトです! とグッとファイティングボーズを見せる僕に、最初複雑そうだったトナミさんもニッと笑みを見せた。
「おう、じゃあな!」
「トナミ早くしろって!」
「わかったってばうるっさいなー!」
バタバタと足音忙しなく飛び出して行った二人を見送った後、入れ替わる様に叔父さんが入ってくる。
「あーあーあんなにはしゃぐなんてまだまだ子供ですね貴文さんも」
クスクスと微笑んむ叔父さんに、僕もですねと頷いた。
「トナミさんもあんな風に言ってるけど本当は嬉しいんじゃないかな」
「彼にとって久しぶりの大きな仕事ですから。頑張って頂かなくては」
「でも叔父さん、僕一つ思った事があるんですけど」
「なんです?」
机に何十枚と重なった書類に目を通しながら、叔父さんは視線をこちらに向けず問い返してくる。
「叔父さんって相当トナミさんの事好きでしょ?」
「藪から棒に何ですか」
ぱちくりと瞬く叔父さんに「だって」と言葉を続けた。
「昨日の公演、メインは神宮三兄弟ですよね。だったらトナミさんじゃなくてその三人に話題が行くはずですもん。トナミさんも綺麗だったけどそれ以上に……」
あの三人の方が綺麗だった。洗練された美しさ、身のこなし。あれがプロなんだと物語る様に。
あれに比べてトナミさんは劣るわけじゃないけどまだ初々しいって言うかまだ若いっていうか。そんな感じ。
そんな中で話題が神宮三兄弟じゃなくてトナミさんだけに行くなんて多分ないんじゃないかな。
大手のテレビ局だったらどの人が一番視聴率をとれるかわかるはず。
だとしたら裏で手を回した人がいるはずだ。大手に手を回せる程の実力を持つ人なんて僕の知ってる中ではただ一人。
「ね、どう思います?」
からかいを含んでそう問うと、叔父さんは「企業秘密です」と子供の様にぺろりと舌先を見せた。
おわり
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