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「あの、僕奢りますから」
って言ったら食い付くかな? そう思ったけれどその言葉にさえトナミさんは反応を返してくれなかった。
はぁ、やっぱりダメか。
内心で溜め息をつく。それと同時くらいにトントンとノックする音がして、入り口を振り返ると見ず知らずの長身の男性が立っていた。
僕はその男性を目で捉えるなりぎょっと肩を身をひいた。
トナミさんと似たような藍色に染め上げた長い髪を三つ編みに結い上げ無造作に前に垂らし、目尻がキリッとあがった切れ長の目から覗く綺麗なスカイブルーの瞳。一見ヤーさん風に見える強面の顔とは裏腹に、190CMは優に越えているであろうきっちりとした体躯が身に付けていたのは、うさぎの刺繍が施されたピンク色のエプロンだった。
な、なにこの人……。
ピシリとそちらに視線を合わせたまま固まっていると、男性がにんまりとした笑みを見せた。
「どーも、鈴の音デリバリーサービスどす」
「で、でりばりー?」
男性は軽快な関西弁を口にしながら手に持っていたバスケットを僕らの目の前にちらつかせ外を指差す。
「腹減ったやろ。表で弁当食おうや」
「え、あ、あの……」
トナミさんの知り合いかな? と彼に視線を向ける。
うわっ……
スッと向けた視線の先ではボタボタと涙を垂れ流した何とも形容しがたい顔がそこに……いやいやというかアイドルがそんな顔ヤバイと思うんだけど。
「鈴あんちゃぁああんっ」
トナミさんはダッと走り出すと、そのまま体当たりする様に鈴あんちゃんと呼んだその男性に抱きついた。
「よーしよし、美月に凄まれたんやて? かーいそうになぁ、よしよしよーし」
男性はトナミさんを優しく抱き止めると、まるで小さい子供をあやすように頭を撫でた。
「でも仕方ないわなぁ、お前がワガママばーっかゆうさかいこうなったんやろ?」
「だっ、だって、俺嫌だって言ったのに、勝手に貴文と美月が……」
ひっくひっくとしゃくりあげながら説明するトナミさんに、鈴音さん(だったかな?)はふーんと相槌を打つ。
「でもなぁお前、前も一回そうゆうて企画倒れしたやろ? ええ加減にしなあかんで」
な、と優しく語りかける彼に、トナミさんはむぅと口を尖らせながら俯いた。
「だって俺……もう女になんかなりたくないんだもん」
ポツリと呟かれた言葉に、鈴音さんが「なんでなん?」と問い返す。
「だって……」
ちろりと鈴音さんを見上げながらモジモジと服の裾を引っ張る。
「俺、男……だし。それに女形はもう、やめたし……」
「せやな。お前はもう女形やない。それは俺かてちゃあんとわかっとるよ。けど、それと貴文や美月に迷惑かけるのにはなんも関係ないやんな?」
「わかってるよ! これは俺のワガママでガキみたいな意地張ってるって事だって。けど、俺だって……俺にだって鈴あんちゃんに逆らっても通したい意地あるんだからな!」
それだけ言ってダッとスタジオの外に走り去ってしまったトナミさん。
「ちょっ、トナミさんっ?」
追いかけるべきか放って置くべきか悩んでいると、目をぱちくりと瞬かせていた鈴音さんが突然大きな声で笑い始めたんだ。
「いやーまいったまいった。クククッ……」
「あ、あの……?」
「あぁすまんすまん。なんやまさかあいつがあないな口俺にきくやなんて思っとらんかったから。こりゃ今回のはほんまに嫌なんやろうなぁ」
言いながら笑い続ける鈴音さん。それは何処と無く愉しげだった。
「美月に説得してくれって頼まれたけど、こりゃ無理やな」
「えっ?」
「あいつのほんまのイヤイヤは俺でもどうも出来ひん。イヤイヤはイライラを生むからな。あいつにストレスは禁物や」
うんうんと一人で頷いて納得する鈴音さんに、僕は今だ意味が解らず首を捻る。
イヤイヤがイライラ? 何それ?
「さぁて、じゃあこれを持ってトナミ追い掛けてくれはる? 多分また三階に閉じ籠っとるはずやし」
手に持っていたバスケットをずいっと僕の前に差し出す。それをおずおずとしながら受け取る。
「ちゃんと表に連れ出して食いや。あそこは埃だらけやからあかんで」
言ってポンポンと大きな掌が僕の頭を撫でてくれる。薄く微笑みを携えた顔は先程強面だと思ったものとは相反してとても優しく穏やかな表情だった。
それがとても綺麗で、僕は暫く硬直した様に鈴音さんから視線を外せずにいた。
「なんか」
ポツリと呟いた言葉に、鈴音さんが「え?」と瞳を瞬く。
「なんか鈴音さんってお父さんみたいですね」
「お、お父さん?」
鸚鵡返しに聞き返してくる鈴音さんの声にはっと我に返り、すみませんと頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい僕初対面の人になんて事をっ……」
ごめんなさい、ともう一度深く頭を下げた僕の頭上でプッと吹き出し笑いが響いた。
えっと頭を上げれば、鈴音さんがまたクツクツと笑い声をもらしていた。
「お前ほんまにあの美月の甥っ子なん? 全然似てへんのやな」
「えっ?」
「正直っちゅーか素直っちゅーか……あぁ、別にバカにしとるんとちゃうねんで。おもろい子やなぁて、ただそれだけなんやけど」
正直……僕が?
「正直かどうかはわからないです。けど、叔父に似てないって言われたのは初めてです……」
小さい頃から父や母によく言われてた事がある。
”本当にお前は美月にそっくりね”って。
それは嫌味とか蔑みとかそんな風にじゃなくて、どこか愉し気な感じに。
別にそれは僕自身嫌じゃなかったけれど、仕事場での叔父の噂とか評価をきくとちょっと、なんて言うか……複雑。
鬼とか腹黒とか年齢不詳とかとか。僕も周りからそう見られているんだろうか。
「……さっき叔父さん、トナミさんにもう君はいらないって言っちゃったんです」
「……それ、ほんまに?」
「はい。トナミさん、本当に雛瑠璃って曲が嫌みたいで。貴文さんが何を言ってもきいてくれなくて、それで最後に叔父さんが……」
流石の僕もあの時の叔父さんは怖いと思った。
そう言えば、鈴音さんは「あのアホ」と頭を抱えながら呟く。
「あ、でもきっと叔父さんは叔父さんで何かしら考えがあっての事だと思うし。本気で見捨てるなんてしないと思いますよ」
そう僕なりのフォローの言葉を入れたつもりだった。けれど鈴音さんはそれを拒否するようにブルブルと頭を左右に振ったんだ。
「それはない。あいつは芸事にはほんまに厳しい。それは俺がよぉ知っとる」
「鈴音さんは叔父と仕事を一緒になさった事が?」
「んーまぁ職業柄何度か……な。でもあいつの腕は確かや。売ると言ったらどんな大根役者だろーが音痴歌手だろうが一流に育てる。日本国だけやない、あいつをプロデューサーに、なんてそりゃ何千何万もおるんやで。やから、そんな奴がただ寄せ集めただけのチグハグなSAGINのバックに付くやなんて……って最初は俺も耳を疑ったんやけど」
信じられない、叔父さんてそんなにすごかったんだ……。
僕の知ってる叔父さんなんてただ自分の用件だけ伝えてさっさと帰っていく、そんなイメージの人だったのに。
ん? でも待てよ。
「もしかしてそんな叔父さんを怒らせたトナミさんってめちゃくちゃヤバい立場なんじゃ……」
口端をひきつらせながらそう問えば、鈴音さんも端整な顔に苦笑いを浮かべゆっくり頷き返す。
「ぼ、僕トナミさんのとこに行って来ます!」
「俺も詳しい話貴文に聞いとくわ。よろしゅうな」
「はい!」
お互い頷き合うと、僕は駆け足で三階へ向かった。
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