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クリスマスの昼~午後
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今、僕は静かな喫茶店にいる。
付き合って、と言われ勝田さんに連れてきてもらった、小さな喫茶店。
喫茶店の周りにはカラオケのお店やファミリーレストランやゲームセンターがあり、人が賑やかだ。
けれど、この喫茶店はもの凄く静か。
「ここ、穴場なんだよ」
勝田さんが自慢そうに教えてくれた。
隣のテーブルの人が話をしていても内容がはっきりとは聞き取ることができないくらいテーブル一つ一つに距離がある。
メニューを見ても思ったほど高くはなく、物によっては安いかなと思える。
「なんで穴場かと言うと、入口だよね」
勝田さんの言葉に、確かにと思う。
喫茶店の入り口の扉が、あまりにも一般家庭っぽくて。
喫茶店の看板もないから、僕も扉を潜るまでここが喫茶店だなんて思いもしなかった。
窓から外を眺める。クリスマス、それに冬休みということもあって目の前の通りは人が途切れることはない。皆楽しそうに歩いている。
でも、僕は…
「ねえ、潤君」
「あ、はい」
「荷物多いね。何入ってるの?」
「教科書とか参考書とか…」
「わ、受験勉強?」
本当は各務さんと同じ大学に行きたくてずっと勉強してきた。でも今となっては一緒の大学に行くのは気が引ける。聞けば、勝田さんは1年浪人した後大学に受かったということで、学年は各務さんよりも一つ下だけど歳は一緒。また、勝田さんも各務さんとは異なる有名大学に通っているとのこと。
「潤君、俺と同じ大学どう?2年は一緒に過ごせるよ」
冗談でもそう言ってくれると嬉しい。
検討します、と僕は答えた。
勝田さんとは映画や本の趣味が似ていて、『あの映画監督の特徴はこうだよね』とか、『あの作品、実はモデルがあって…』とか話が尽きず、時間を忘れるほどだった。
「―――で、双子のお姉さんってもしかして5月31日生まれで、潤君が6月1日生まれ?」
「はいそうです」
やっぱり、と勝田さん。
「茗が11時59分生まれで僕が0時1分生まれなんです。だから」
「MAY(茗)とJUNE(潤)。5月でエメラルド」
「その通りです。単純ですよ、ね…」
ふと、窓に目を向けたら道向こうのカラオケ店の入り口に元友人の姿を見つけた。友達に囲まれて一緒に楽しそうに笑っている。
そうだよね。今日みたいな日に彼が一人でいるなんてあるはずがない。
彼にはたくさんの友達がいる。僕一人が離れたところで彼には何にも…
きっと茗と各務さんも同じこと。
僕がいなくても二人にはなんの影響もない。
でも、僕は?
僕は友達も、姉も、恋人もみんな離れて―――
何故だかわからないけど。
胸が、熱い。
涙が出そうだ。
「潤君?」
「あの、トイレ行ってきます」
ガタンとイスを鳴らして立ち上がる。マナー違反だな、と思うけれど今はこの場から立ち去りたい。
涙が零れる前に。勝田さんに見られる前に。
僕は足早にトイレへと向かった。
「変なカオ」
洗面台の鏡を見て呟く。
勝田さんの前では何とか持ったけど、ここに着くまでに流れ落ちてしまった涙。
―――そして歪んだ顔。
茗とは異なる平凡な僕。友達もいない寂しい僕。好きだった人は僕の恋人ではなかった。
生まれた時間の2分の差。2分だけでここまで異なってしまうものなのか。
異なるから、いま僕は一人なんだ。
そう、一人。
双子の姉が好きだった。友達がいて楽しかった。好きだと言ってくれて嬉しかった。
―――全て過去形だ。
姉も友人も恋人も傍にいない。それが事実だ。
強くなろう。一人でも大丈夫なように。
水で顔を洗う。
今だけは勝田さんがいる。だから今、を大事にしよう。
鏡に映る僕はもう泣いてはいなかった。
「すみませんでした。慌てて席離れちゃって」
「いいって」
勝田さんは僕の行動を全く気にしていないように笑顔を向けてくれる。
優しい人だと思う。
気まずくなってコーヒーを含む。もうそれは冷めていたけれど、美味しかった。
その後勝田さんと最近ドラマ化された小説の話になって盛り上がる。
こんなに話をしたのは久しぶりかもしれない。僕は話をするよりも話を聞くことが多いから。
しばらくすると、勝田さんと話をしているのに勝田さんの声が二重に聞こえたり、声が籠もってよく聞こえなかったり。なんだか…。声が届いてない?
どうしたんだろう、と思っていたら勝田さんがおかしいんじゃなくて僕の耳がおかしいんだと気付いた。
それに目も。勝田さんが歪んで見える。
寝不足ではないと思っていたけど眠りが浅かったせい?
僕の返事が留まっているのを不審に思ったのだろう。眉根に皺を寄せて勝田さんが俺を覗きこむ。
「潤君?大丈夫?」
「…は、い。少し、めま、いが…」
額に手を当ててみるが視界は歪んだままで、心配する勝田さんの声も頭の中に響く鈍い音にかき消されてしまう。
「潤君、送るよ」
勝田さんが慌てて支払いを済ませ、僕を支えて喫茶店を後にする。
自分では立ち上がることもできなかった僕も勝田さんにしがみついて歩いていたけれど、喫茶店を出て数歩歩いたところで僕の記憶は途切れた。
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