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クリスマスの午後
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「…ん…っ」
自分の声が頭に響く。頭の中で音が暴れているみたいだ。
起き上がろうとするけど、腕に力が入らない。
目を開いても二重に物が見える。それでも分かるのは僕はベッドの上にいること。でも僕のベッドではないし僕の家でもないこと。
なんとなく肌寒い。背面にだけ触れる布の感触とその違和感…きっと僕は裸、だ。
ここは、どこ?
次第に視界がクリアになり、頭の不快感もなくなった。
でも、まだ身体は動かない。指が少し動くくらい。
カチャリ、とドアが開く小さな音がする。
顔も向ける力がないから僕は天井を向いたままだ。
「ああ、起きた?潤君。まだ動けないよね」
―――勝田さんの声。
「あの店のコーヒー美味しかっただろ?薬が入ってても気付かないくらいに」
「…あ…」
洗面台に行って顔を洗ったとき。
僕が席を立ったあの時にコーヒーに何かの薬を入れた?
「従兄弟が協力してくれないからさ。潤君に一緒にお願いしてもらおうと思って。」
勝田さんが低く笑う。
お願いって、一緒にって。なにを?
「君のお姉さんね。俺がいくら好きだって言っても付き合ってくれないんだ」
―――茗?
「どれだけ好きなのかを何度も伝えても、取りつく島もなくてさ。クリスマス前に付き合っている人がいるって言われた。凄く素敵な人だって。実際に昨日見たよ。確かに良い男だった」
―――各務さん?
「でもさ、俺諦めるつもり全くないから。こんなに強烈な一目惚れってしたことなかったし。だから協力して、潤君」
ああ、やっぱり。
やっぱり勝田さんも茗なんだ。
僕のいる価値は茗の弟であることだけなんだ。
そんなこと分かっているはずなのに、何で泣きたくなる位に胸が痛むんだろう。
「君の…可愛い弟のハシタナイ写真と動画を茗ちゃんに見せてあげたいんだ。それを茗ちゃんに見せて、俺と付き合うようにって説得するからさあ」
説得じゃなくて、それは脅迫…だよね。
可愛い弟?ハシタナイ写真?
勝田さん勘違いしてる。それは無理だよ。
僕は可愛い弟じゃない。不愉快な思いはするだろうけど、茗のことはきっと各務さんが守るだろうし、強迫しても無駄。
「君が予約に来てくれた時、君の名前見て茗ちゃんの弟だってすぐわかった。よく二人で校門の所で話してたよね。おまけに住所も分かって助かったよ」
お店で書いた予約票のことだ。
勝田さんが親切だったのは、僕から茗の情報が欲しかっただけなんだ。今更だなぁ。
勝田さんはカシャッ、という音をさせた。恐らく僕の写真を携帯で撮った音。
「見えないだろうけど、潤君の首に首輪が着いているんだよ。…誰かに飼われてるペットに見える」
ククッと笑ってまたカシャッという音がした。
「デジカメではもう撮ってあるけど、茗ちゃんに送るなら寝ているよりも起きてる潤君の方が良いだろうと思って、起きるの待ってたんだ」
「……っ…」
「じゃあ、取り敢えずこれ送るかな。これ見ればここに一人で来てくれると思うんだよね。来ないようなら動画を録るからさ」
よろしくねと楽しそうな声がする。勝田さんを止めたいのに僕は動けない。動かせる指だけでは勝田さんに立ち向かう事ができない。
このままじゃ茗が迷惑する。茗にとって恥ずかしい弟になる。それは今更かもしれないけど。
「あ、…やめ…っ」
舌を動かすのもままならない。
僕には勝田さんの姿は見えない。どこにいるのかがなんとなく分かる程度だ。僕に見えるのは白い天井だけ。
どうしよう。クリスマスデートしてる茗と各務さんに迷惑かけちゃう。二人の邪魔しちゃう。二人が僕の写真で不愉快な思いをしちゃう。
でも今の僕には逃げることも止めることもできない。いま僕にできるのはシーツを握って泣くこと、だけ。
―――どうしよう、どうしよう…
耐えられず涙が零れ落ちた。
瞬間。
風が動いた。
「ふっざけたことしてんじゃねぇよ!隆兄!!」
静かだった室内に息荒く飛び込んできた声。
これは友人、だった凌一(リョウイチ)?
「潤は俺の大事な親友なんだよ!…っ何してんだよっ!…ンのバカッ!」
バサリ、と僕の身体に何かが落ちてきた。この冬いつも凌一が身に着けていた黒のダウンジャケットだ。
「隆兄のせいで潤と話せなくなったんだからな!一目惚れ一目惚れって偉そうに騒いでるクセに茗を付け回すなんて、惚れた相手間違えてんじゃねぇよ!馬鹿じゃねぇの!?」
「茗ちゃんに一目惚れしたのは本当だ!お前が『高柳』って名前教えて…」
「この写真だろ?隆兄になんか見せなきゃ良かった…っ」
「潤っ!どこだ!?」
同時に耳に入る後悔に滲んだ凌一の声と、僕の大好きだった声。
ようやく何とか顔をそちらに向けることができた。
勝田さんと対峙してる凌一と息を切らして汗まみれになってる各務さんがそこにいた。各務さんは室内を見渡し僕を見るや駆け寄り、掛けられたダウンジャケットごと僕を抱き締めてくれた。
せっかく茗とデートしてたのに、邪魔しちゃったんだ…
「あ、…ごめ……さ…」
舌が上手く動かないけど各務さんに謝る。
茗との時間を邪魔してごめんなさい。
「ごめん。潤を一人にしなきゃ良かった。俺のミスだ」
違う。各務さんは悪くない。僕がもっと強くて一人でいることに慣れていればこんなことにはならなかった。
「ごめん…な、さ…」
涙が溢れる。申し訳ないと思うのに、各務さんの温もりに安心してしまう。もし手が動くなら抱き締め返しちゃいそうで…まだ各務さんが好きで。
―――ごめんなさい。
凌一が勝田さんと向かい合ってる。その凌一が床に叩きつけるように投げ捨てた写真。1年の時の文化祭の写真。メイド服姿の…
「何で潤があんな格好してるの?」
床に落ちている写真を見て各務さんが瞠目して呟く。
「な、に言っ…潤君が…そんなわけ…っ」
「だから、相手間違えてるんじゃねぇって言っただろ!惚れてんなら各務さんみたいに間違えんなよ。写真のメイドは潤だよ!」
そう。その写真に写るメイド服の人物は多分、僕。
文化祭のクラスの出し物でメイド&執事喫茶することになって、女装メイドをくじ引きで僕が引き当てちゃったんだ。恥ずかしいからメイクは茗にしてもらった。鏡で見るのも恥ずかしくて僕は自分がどうんな風に変わったか知らない。
でも開場して1時間もするとクラス前が長蛇の列になってしまい、実行委員会から僕の服装を変えるようにと指示が出た。
怖いもの見たさでこんなに人が来るんだな、って思った文化祭だった。
メイド服から燕尾服に衣装を変える前に記念に写真を撮ろうって凌一が言い出して、何枚か写真を撮ったんだ。その中の一枚があの写真。
抱き上げてくれている各務さんには燕尾服の写真しか見せていない。メイド服の僕の写真は持ってても仕方ないからどんな写真か見ることもなく凌一に預けたままだった。
「潤!ねえ、どこ?潤っ!!」
遠くから茗の悲鳴に近い僕を呼ぶ声。それに反応した各務さんが慌てたように僕の首輪を外し、身体にシーツを巻き付けた。
「ここだ、茗ちゃん」
「潤…」
各務さんの声を聞きつけた茗が、はぁはぁ、と息を乱して開いたドア向こうに立っていた。
「…じゅん~~!」
茗が涙声で僕の名前を呼んでホッとした顔をした。勝田さんには目もくれず押しのけて僕に飛びつく。
ギュウギュウに抱きしめられ、ちょっと苦しい。けど、来てくれて、抱いてくれて、泣いてくれて、温かくて…嬉しい。
茗は僕の無事を確認すると呆然としている勝田さんを眦をつり上げて睨んだ。
「だから、あたしじゃないって何度も言ってたでしょ!一目惚れの相手間違えるサイテーな男なんかと付き合えるわけないじゃない!」
「…だって、あの写真はどう見ても…」
「潤はあたしとパーツはそっくりなの!バランスが違うだけ!あたしと同じメイクすればあたしに似てもおかしくないの!」
まだ状況が掴めていない勝田さんに、畳みかけて言い続ける。
「そもそも、あたしは潤以外の男に触(さわ)れないの!誰かと付き合うなんてとんでもない話よ!」
「え…?」
茗の言葉を不思議に思う。昨日は各務さんと腕を組んで歩いてた…触ってたよ?
僕の心を読んだように茗が僕に真面目な顔を向ける。
「各務さんは別。だって潤の恋人だからあたし触れるの。潤の恋人でなけりゃ無理。絶対無理。潤と別れたらその瞬間にもう無理!」
「え…」
なんで?なんで茗が僕と各務さんが、その…付き合ってたこと知ってるの?
誰にも言っていない秘密の付き合いだったのに。
そこにバタバタと人がやってくる慌ただしい足音。
「隆之!お前、ストーカーって…」
「叔父さん」
凌一が叔父さんと呼んだのは、あのパワーストーンのお店のオーナーさんだ。凌一は勝田さんを静かに見据えた。
「隆兄。できるなら黙ってようって…どうにかしようって頑張ってたけど。茗にしていたストーカー行為のこと皆にバラしたから」
「凌一、お前邪魔してただけじゃなく俺を…っ」
「俺、潤にしたこと許さないから。でも隆兄が潤にしたことはまだ言ってない。言うかどうかは潤に任せるつもり。だけど、今は勝田の叔父さんと叔母さんの所に行って」
凌一はそこまで言うとオーナーさんに視線を向けて叫んだ。
「叔父さん、早く隆兄連れて行って!」
そして再び勝田さんを睨み付ける。凌一の剣幕に気圧されたのか勝田さんは体を震わせた。そして無言のまま抵抗もせずオーナーさんに促されながら部屋を出て行った。
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