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クリスマスの夕方~夜
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勝田さんとオーナーさんが出て行った後、室内は沈黙に包まれた。僕はどうしていいのかわからず戸惑い、茗は僕にしがみ付いて離れる気配を見せず、凌一はただただ床を見つめている。
その沈黙を破ったのは僕たちを静かに見ていた各務さんだった。
「潤の身体が冷えるから、まずは服を着ようか?」
その言葉に茗がピクリと反応し、眦を上げた。それを見て取り、
「茗ちゃん。彼がしたことを思い出して怒るのはまた後にして、とりあえず潤から離れて?」
「…はい」
各務さんが言えば、名残惜しそうに茗は僕から離れ、凌一に声を掛けて一緒に部屋の外へ出ていく。
僕は自分の手を見た。指先に痺れている感覚がまだ残っていて、どの程度動くのかわからなかったので、指を曲げ伸ばししてみる。ゆっくりならば、ちゃんと動いてくれた。
でも、薬の効果が残っているのか、それとも先までの恐怖が残っているのかわからないけれど、手が小刻みに震えている。
「ほら、潤。おいで」
「あ、はい」
返事をして、舌が動き声が出るようになっていたことに気づいた。盛られた薬の効果はかなり弱まっているようだ。
下着だけは包まったシーツの中で自分で穿いたけれど、各務さんが僕の服を手に持って着替えを手伝ってくれた。大きくて長い指が僕のシャツの小さなボタンを器用に留めていく姿をじっと見つめる。
相変わらず各務さんは恰好良い。そんな各務さんが僕に優しくしてくれているのは茗のお陰なんだ。そうだ。茗の…
「潤?」
僕の視線に気づいた各務さんが僕を見ていた。僕の大好きな声と大好きな微笑み。
「手伝ってくれてありがとうございます」
ぎこちなく笑んで、礼を述べる。その直後、僕が服を着終えたのを知った凌一が部屋に顔を出した。
「ここだと潤が落ち着かないだろうから、近くのカフェに行こう。ちゃんと説明したい」
真摯な眼差しの凌一にそう言われて、僕たちは勝田さんの家…マンションを出た。
まだ4時すぎだというのに、薄暗くなっている。日が落ちてきていて温度も低くなっているせいもあり軽く身震いをした。それに気づいた各務さんがくるりとマフラーを巻いてくれた。
僕のものではない、暖色系のチェックのマフラー。
「各務さん、これ僕のじゃ…」
「クリスマスプレゼント。潤に似合うと思って」
よく似合うよ、と笑顔で言ってくれる。
どうしよう、嬉しい。でも僕の各務さんへのクリスマスプレゼントは家にあって…あ、僕からのプレゼントは迷惑かな?でも、お礼はしないと…でも迷惑かな…
そんな答えが出ないことをグルグルと考える。僕がそんなことを考えているとは知らないであろう各務さんは、黙り込む僕の傍から離れずにいてくれて、移動するときも時々ふらつく僕を支えながら歩いてくれた。
凌一に導かれて小さなカフェに着くと、店員に他のテーブルを遮るように観葉植物が置かれている端の席に案内された。当然のように各務さんは僕の隣に座り、しかもテーブルの下で手を握ってくれる。その大きな温かい手に安心する僕がいた。
本当はこの手は僕のものではないけど、今だけは各務さんの優しさに甘えて、このまま手を繋いでおくことにする。
注文を終え、各々のドリンクが届くと凌一が重い口を開いてぽつりぽつりと話を始めた。
勝田さんと凌一は歳が近く同じ市内に住んでいることもあって仲のいい従兄弟同士だった。勝田さんには親自慢のお兄さんがいて、いつも比べられて育っていた。そして幼少期からの比較で中学時代には勝田さんは卑屈な考え方を持つようになってしまった。
お兄さんは有名な大学の有名な学科にストレートで合格していて、両親が勝田さんにも同じレベルの大学進学を要求していた。しかし、そのプレッシャーから高校時代に精神を病んでしまった。
一年留年してなんとか希望する大学に合格したのを機に、勝田さんは環境を変えようと家を出て、大学近くの叔父さん…オーナーさんのところで同居を始めた。その効果あって精神面が大分落ち着き、バイトもできるようになっていた。
そんなとき凌一が持っていた文化祭の僕の写真を見て一目惚れし、それを茗だと勝田さんが思い込んでしまった。学校の校門で待ち伏せして茗に告白して断られたけれど、勝田さんはそれを理解せずストーカー紛いに茗をつけ回し始めた。
勝田さんの度重なるストーカー行為を茗から相談を受けた凌一は、勝田さんから茗を守っていた。同時にこのトラブルの発端が自分にあると思った凌一は自分と勝田さんの行為を恥じ、僕に対して会わせる顔がないと思ってしまった。だから僕から離れていった。
茗には勝田さんには敵わない素敵な彼氏がいるんだ、と勝田さんに見せつけるために疑似デートを各務さんとクリスマスイブとクリスマスという日に決行した。
そんな話を聞いて、昨日本屋で見た各務さんと茗の姿を思い出した。
疑似デートをしていた姿を僕は見ている。茗は各務さんへの好意を否定していたけど、各務さんはとても楽しそうにしていたし腕を組んでいたし、見つめ合っていたし…お似合いの二人だった。
だから、思わず口から漏れてしまった。
「本当は各務さん、茗のことが好きなんでしょう?」
「あり得ない!」
「そんな気持ち悪い!」
ぎょっとした顔で各務さんが即座に否定した。その否定を後押しするかのように僕と繋いでくれている手がギュッと強く握られる。
あれ?真向かいに座っている茗は何気に酷いセリフを言ったような?
「だって、茗と楽しそうに腕を組んで歩いてたし、どう考えても僕みたいな平凡な男よりも可愛い茗の方が…」
「潤ってばあたしたちのお芝居見たのね。あのね、今回のお芝居にはリアルさが必要だったの。そうなると密着しなきゃいけないじゃない?でもさっきも言ったけどあたし潤以外の男性に触れないから仕方なく、し、ぶ、し、ぶ各務さんにお願いしたの」
『渋々』を強調しながら言い終えて、はあ、と茗が息を整えた。
「昔から潤に絡んではあたしにすり寄る嫌な人間をずっと見てきたわけよ。おかげであたしは極度の男性不信になっちゃった。ついでに言うと、いま潤の友達として残った人はなかなか良い人材ばかりなのよ。潤は目利き抜群なんだから、僕みたいな、とか言わないで!」
最後に怒られてしまった。
その茗の後を継いで、各務さんが話し始める。
「この2日間、俺と茗ちゃんは潤の話をずっとしていたんだ。小さい頃の潤の話がたくさん聞けて、確かに楽しかったけど、本当は潤と一緒に過ごしたかったんだよ」
「じゃあ、各務さんは茗じゃなくて本当に僕のことを好き、なんですか?」
言いながら顔が赤くなっていく。
なんて恥ずかしいセリフを僕は言っているのだろう!
「当たり前じゃないか。常に真面目で真っ直ぐで、人見知りで前には出ないけれど人を支える力があって、茗ちゃんには全くない謙虚さは…イタッ」
各務さんが顔を顰めた。僕の手を握っていない方の手で足をさすっている。
「各務さん?」
「ああ、大丈夫。ねじ曲がった根性で支えるよりも突っ走る尊大な人物の攻撃を受けただけ」
あははと各務さんは爽やかに、うふふと茗が愛嬌たっぷりにお互いを見て笑っていた。
ねじ曲がった…攻撃?一体なんのことだろう。
でも、今の各務さんの返事は、繋いでいるこの手を離さなくても良いってことだよね?
「昨日潤が『知ってる。茗をお願いします』って各務さんに言ってたから、てっきり勝田さんのことも各務さんとの擬似デートのことも全部知っているのかと思ってたの。だから潤が勝田さんと一緒にいると聞いた時には心臓が止まるかと思った」
「―――ねえ、茗が僕に相談してくれなかったのは僕が頼りないから?」
ずっと思っていた疑問を尋ねてみると、茗は小さく首を横に振った。
「潤に余計な心配させたくなかったし、勝田さんのこと言うと凌一君の立場がなくなるし…」
ちらり、と茗が横目で俯いたままの凌一を見た。
少しの間凌一は瞳を動かしてためらいを見せていたが、意を決したように顔を上げた。
「嫌な思いさせて悪かった。ごめんな、潤。隆兄のことを穏便に済まそうとしてた俺が悪いんだ。今日撮られた写真は俺が責任もって破棄する。それからもう、お前には二度と迷惑はかけない。今度こそ、本当にお前達とは関わらないようにする!」
写真を捨ててくれるのは助かるけど、凌一が何で僕たちから離れるのかがわからない。
離れる原因は僕?簡単に薬を盛られて皆に迷惑かけるような僕なんかでは、友達でいるには不足ということ?
「僕のこと嫌になったから?」
「そうじゃなくて!お前にあんなことして怖い思いさせて、茗にストーカー紛いのことしたのが俺の従兄弟だから、お前達に会わせる顔がない…」
「あの、僕の写真撮ったのも茗にストーカーしてたのも勝田さんだよ?凌一は茗をずっと守ってくれていたし、今日僕も助けてくれた…あ、凌一は僕のこと面倒に思ったのかもしれないけど、僕は…」
「違うって!」
僕のことが嫌じゃないのなら、友達として不足ではないのなら、面倒でないのならなおのこと離れる理由がわからない。
困惑していると、茗が苦笑し
「だから、潤は気にしないって言ったじゃない」
と言えば、凌一は額に手を当てて大きな溜め息を一つ吐いた。
「そうだよな。お前ってそういうヤツだった。なんでお前に隆兄のことで嫌われるなんて、責められるなんて思ってたんだろ」
「凌一?」
「お前は俺の大事な親友だ。一番の親友だ。…構わないか?」
「うん!」
凌一の言葉が嬉しくて、何度も大きく頷く。
ありがとうと凌一が僕に手を伸ばして―――
「親友はそこまで」
各務さんが凌一の手を叩いてストップをかけた。
「それ以上は恋人の俺の範囲」
何だろう。さっきから各務さんはとても素敵な笑顔を見せているのに、妙な威圧感を感じるのは。
「あ…各務さん!僕たちのことは秘密にしてるのに、そんなこと言ったら…」
バレちゃう…って、あれ?
僕、さっき二人の前で各務さんに『好き』かどうかを確かめてしまった!そしてそのまま流してたっ!
一気に血の気が引く。
「心配しなくても元々この二人は俺たちのこと知ってるよ」
「え?」
「潤が各務さんを見る目ですぐにわかったわよ。半年前には」
「え?」
「各務さんからのメール着信の度に頬染めて幸せそうに笑ってりゃ、さすがに気付くよな」
「ええっ?」
秘密の付き合いのはずが、付き合った当初からバレていた!?
「ど、どどどうしようっ」
真っ青になり繋いでいた手を離して、隣の各務さんの服の裾を掴んだ。
そんな僕の手は各務さんによってゆっくりと外され、両手で包まれる。
「心配しなくて大丈夫。それにこの二人にはこれを機に正式に伝えておかないとね。でないと、この先も茗ちゃんはやたらと邪魔してくるだろうし、凌一君はわざと恋人の範囲内に踏み込もうとしてくるだろうし」
この先『も』?
「姉だから当たり前じゃない」
「親友だからいいじゃないか」
ふんぞり返る茗と開き直った凌一に、各務さんが空笑いしつつ小さく溜め息を吐いた。
そういえば、各務さんと居る時には必ず茗からメール着たり着信あったりしてたかも。
「それに俺が秘密の付き合いにしようとしたのは潤が成人するまで待とうと思ったからなんだ」
「え?」
「俺への思いを疑うわけじゃないけど、潤はまだ未成年で子供だから。潤が自分の責任で判断できる歳まで待とうと思ったんだ。もしその間に俺への思いが間違っていたとわかった時には引き返せるように、秘密の付き合いにしておこうと」
「だって、僕はちゃんと…」
「わかってる。だから潤の気持ちは疑っていないよ。これは俺のこだわり。俺が手を出さないから潤が不安に思っていることも知ってるけど、俺は潤が成人するまでは健全なままでと思っている。でもキスはしよう」
「ハイハイ、ご馳走さま」
各務さんと見つめ合っていたら茗が茶々を入れてきたことで我に返る。
茗と凌一がいることをこんなに簡単に忘れてしまうなんて…恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。
「ま、予定よりちょっと早いけど潤の時間を各務さんにあげる。今日は怖い思いしただろうから、それを忘れるくらい優しくしてあげてね」
「もちろん」
僕の時間?あげる?
「クリスマスプレゼント期待しててって朝言ったでしょ?『これ』と各務さんとの素敵なクリスマスデートがあたしからのプレゼントよ。お父さんとお母さんにはあたしから言っておくから、時間気にしないでゆっくり楽しんできてちょうだい」
お泊まりもOKよと言いながら茗が差し出したのは可愛くラッピングされた小さな箱。
僕も慌ててバッグの中から茗へのプレゼントを出して渡した。
開けてみれば、中にはオニキスのカットチェーンにムーンストーンの付いたネックレス。
二人でプレゼントを見て笑った。揃って誕生石付のネックレスを選んでいたのだ。
でも今年のプレゼント勝負は茗の勝ち。各務さんとのデートをプレゼントしてくれたから。
勝田さんの家に行って説明してくるという凌一(今日の僕の件は伏せて、茗のストーカー行為だけ説明することになった)と別れた。茗は、
「潤、楽しんできてね。各務さん、くれぐれも健全でヨロシク!」
そう言うと、軽やかな足取りで一人帰路に着いた。
消えていく後姿をしばし見送り、
「さ、潤。デートに行こう」
各務さんが優しく肩を叩いて僕を促す。僕と各務さんは二人で並んで歩き出した。今日は道が煌めいていて人目が多いからカフェの時のように手を繋ぐことはできない。でも、一緒にいることがとても嬉しい。
朝、家を出た時は夜には笑えるかなと不安に思っていたけれど、今の僕はマフラーの中で頬が緩むばかりで引き締めることは難しいようだった。
各務さんに連れられて行ったことがない高級そうなレストランで食事したり、綺麗に輝く有名なイルミネーションを見に行ったり、僕の大好きな声で『潤』って名前を呼んでもらって笑いあう…楽しい時間を過ごした。
でも、各務さんが宣言した通りキス止まりの健全なデート。
各務さんが僕が大人になるのを待っているのなら僕も一緒に待とうと思う。
僕の各務さんへの好き、っていう思いが間違いじゃないってちゃんと証明するために。
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