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ある日、いつものように部活でくたくたになって帰宅すると、思いがけないプレゼントが届いてた。
「シーン、小包来てるわよー」
母親に言われ、階段を上がって2階の自分の部屋に行く。
お世辞にも整頓してるとは言えない机の上に、置かれてたのは小さな箱だ。宅配便の伝票が、上にべっとり貼られてる。
市橋慎、確かにオレ宛てだけど……何だろう、誰から?
不思議に思いながら伝票の差出人を見て、思わず「ええーっ!」と叫んでしまった。
『島隆一』。それは、オレの憧れのプロ野球選手の名前だった。
島選手にファンレターを書いたのは、1週間くらい前のことだ。
元々スゴイ捕手だって思ってたし、ファンだったんだけど、その晩の試合がとにかくスゴくて。
打者の裏の裏をかいて三振の山を築いた、そのリードに震えるくらい感動したオレは、勉強そっちのけで島さんに、長い長い手紙を書いた。
でも、それを封筒に入れる前に、ちょっとだけためらっちゃったんだ。こんな手紙、貰っても迷惑じゃないのかな、って。
「どうしたらいいかな?」
翌日学校でみんなに相談したら、同じクラスで同じ野球部の田島君や泉君が、親切に色々考えてくれた。
「メーワクってことはねーだろ。プロなんだから、ファンは大事だと思うぞ」
「そうだな、出待ちとか差し入れとか、よく聞くしな」
そしたら横で聞いてた応援団の浜君が、ケータイでささっと調べてくれたんだ。
「球団事務所ってとこにに送ると、まとめて選手に渡してくれるらしいよ~」
って。
まとめてってことは、こういう手紙出す人、いっぱいいるってことだよね。だったら安心かも。
「でもさー、他のヤツらとの手紙と全部一緒に渡されるんなら、埋もれちまって目立たねーんじゃねぇ?」
「まあ、そうか」
田島君の言葉に、成程、とうなずく。
でもオレ、別にそんな、目立ちたいって訳じゃないんだけど。ただ、感動しましたって伝えたいだけなんだけど……どうなのかな?
ぼうっとそんなことを考えてたら、浜君が「写真入れとけば~?」って言った。
「女の子ならプリクラもアリだろうけどさ~、別に普通に、『野球やってます』って、写真入れておけば印象に残ると思うよ~」
「ああ、野球……」
野球してるとこの写真……そんなのあったかな?
別に目立とうとか、印象に残りたいとか、そういうんじゃないんだけど。
でも、「捕手として憧れてる」とか、「島さんに受けて貰える投手は幸せだ」とか、そういう気持ちを伝えるのには、オレも野球やってますって知らせた方が、いいかも知れない。
そう思うと居ても立ってもいられなくて、オレは家に帰るなり、アルバムを開いて写真を探した。
マウンドに立って投げてる写真もあったけど、それは小さかったし、やっぱり何か恥ずかしかったから、ユニフォーム姿で笑ってる写真を選んで送った。
返事は期待してなかったんだけど――。
――市橋君へ。心のこもった手紙をありがとう。
島選手から届いた小包の中には、そんな言葉から始まる直筆の手紙と、彼のサインボールが入ってた。
さっそくお礼状を書いた。「サインボールありがとうございます。一生の宝物にします」って。
そしたら1週間後、今度はチケットが送られて来た。
デーゲームだ。 日付を見ると日曜日で、部活はあるけど練習試合はない日だった。ダメ元で監督に相談してみたら、「いいよ、行っておいで」ってOKを貰えて良かった。
「その代わり、ぼうっと観戦しちゃダメだぞ。プロのいいとこ、存分に学んで来なさい」
だからオレ、配球の予測とかも立てながら、すごく真剣に観戦した。
試合観戦には、浜君と行った。放送席のすぐ上の、すっごくいい席だったからビックリした。
「へ~、島選手って、随分ファンを大事にする人なんだね~」
浜君は感心して、あっちこっちをキョロキョロと見回してた。
いい席だったのも嬉しいけど、大好きな島さんのこと、良く言われるともっと嬉しい。
「うん、島さんはスゴイ人なんだっ!」
オレがそう言うと、浜君は「そうか~」って笑って。
「お前、島選手のこと、ホント好きだね~」
そんな風にしみじみ言われて、ちょっとなんか恥ずかしかった。
島選手の活躍もあって、試合は夕方、こっちのチームの勝利で終わった。
応援団のいる外野とは違って、盛り上がりにはイマイチ欠けるけど、でも観戦してる時に応援してるチームが勝つと、すごく嬉しい。
浜君にも喜んで貰えてよかった。
「いいゲームだったね~」
「うん、島さん、すごかった!」
そう言って、オレ達はコーラで乾杯した。
そのコーラを飲み終わり、そろそろ帰ろうかって、腰を上げた時のことだ。
「市橋慎君、ですね?」
ワイシャツにネクタイを締めた人が、オレに声をかけて来た。
「え、はい」
返事をすると、「島さんからこれを」ってメモを1枚渡される。
そこには見慣れた男らしい文字で、「今日の試合、どうだった?」って書かれてた。 「感想聞きたいから、メシでも一緒にどう?」って。
えっ、感想? というか、メシって……!?
「う、え、ど、どうしよう?」
思いっ切り動揺しながら相談すると、浜君は「いいじゃん、行って来なよ~」ってオレの背中を軽く押した。
「オレはバイトだから、一緒に行ってやれないけどさ~。でも、島選手いい人そうだし。こんなチャンス、もう一生ないかも知れないよ~?」
浜君が来てくれないのは心細い。でも言われてみれば確かに、こんなチャンス、もう二度とないかも知れなかった。
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