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私の恋人は、この国で、とても重要な地位にいる。
だから、私たちの関係は、ずっと秘密だった。
私は、このまま二人の秘密として生きていたかった。
恋人が、あの言葉を叫ぶまで、どんなに狡く醜い生き方と罵られても、私たちの関係を続けるつもりだったのだ。
『逃げよう?二人でなら、なんだってできる』
いつかは、言われるような気がしていた。恋人は周りに関係を秘密にしなければならないことを酷く厭わしげに思っていたようだったし、隠しているつもりだろうが、ああ見えて短気なのだ。
『逃げるって言ったってどこに?』
私は歳上としての余裕を持って、恋人にそう尋ねた。少し気持ちを落ち着かせなければ、別れたいなんて言い出しかねない、と。
『どこでだって、いいじゃないかッ!・・・知ってるんだからッ!貴方の婚約の話ッ!・・・僕は他の奴と貴方を共有するなんて耐えられないッ!!!』
恋人の叫びに、私は言葉を失った。
心からの叫びは、血を垂れ流す心そのままで、私にもその痛みが伝わる。抱きしめて、しまいたかった。
でも、私にはそうすることはできなかった。
心から愛している人に、嘘をつくことは、できない。
抱きしめてしまえば、君だけを愛している、と囁き、そして一緒に逃げようと嘘をついてしまうだろう。
そんなこと、できるはずもないのに。
恋人だけでなく、私自身も、身分という下らないものに縛られている。それなりに高い身分は、それなりの代償が必要なのだ。
私には、家の後継ぎとして、子孫を残すという役割が課せられている。
それは幼い頃からのまるで呪縛のように、私を形成する一つとして存在し、歯向かう気力は生まれてくることさえなかった。
私が辛うじて恋人に『少し考えさせて』と言ったとき、すべてを見抜いているかのように、恋人は微笑んだ。
その微笑みになんとも言えない胸騒ぎを覚えたのだが・・・
表面上はなにも変わらずに日々が過ぎていく。
恋人が少しよそよそしくなったが、それも仕方のないことだろう。
全てお見通しなのだろうから。
私の愛する恋人と二人で逃げることを、私は夢想することすらしなかったから。
別れを告げたとき、私は恋人の顔をちゃんと見つめることができなかった。
予想はしていたのだろうが、その衝撃は大きかったのだろう。
大きな瞳を見開いて、その目が絶望の色に変わった瞬間に、私は自分自身を弁護するかのように、口を開いていた。
「わかっていた、…ことだろう?」
そうやって、自分が悪者にならないように言葉を重ねていく内に、目の前の恋人がどんどんと遠くに行ってしまうように感じた。
今にも消えてしまいそうな、そんな気がして。
気がつけば、またしても恋人を苦しめる言葉を吐いていた。
「君が生きていてくれているだけで幸せだ」
と。
その言葉に嘘はない。けれど、恋人が望む言葉ではない。
本当は『二人で生きよう』と言って欲しかったはずだ。
でも、私にはその言葉は吐けない。
卑怯ものと言ってくれ、せめて私を憎んで罵ってくれ。
そう願ったのに、恋人は大きな瞳に涙をたたえたまま、ただ立ち尽くしていた。
あれから、数年がたった。
もう、私が恋人と呼ぶことのできない人は、たくさんの人間に祝福され、可愛らしい少女を伴侶にした。
もちろん、私も祝福する側の人間の中にいて、私の唇を受け入れていた愛らしい唇が、檀上の少女に口付けるのを微笑みを浮かべ、見守った。
息が止まりそうなほどの、胸の苦しさには気づかないフリをして。
そして、元恋人が、私と一度も目を会わせようとしないことに、少しの淋しさと、深い満足感を得ていた。
君は、まだ、私を愛してくれているのだね・・・
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