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獅子に懐かれた猫(リエ夜久)
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リエーフは、敵に回しても厄介だが
好意を向けられすぎても、正直厄介だと思う。
「ちっ…誰だよ棚の上に置いたやつ。全員が使う物は元の場所に戻せってーの」
「あれ、夜久さん届かないんスかー?」
「げっリエーフ…まあ丁度良いわ、あの上にあるテーピング、」
「じゃあハイ、せーのっ」
「!?いやちょ、下ろせ!俺を持ち上げる必要が!どこに!あるんだ!」
「えー?」
「お前が取ってくれれば良いだろっ」
「夜久さんワガママー」
「……」
「まあ夜久さん抱っこしたかっただけですけどね!」
「……」
とか。はたまたみんなで行ったファミレスでは
「ここ空いてますよ」
「おい詰めろー。全員入らねぇ」
「クロは立って食べれば」
「研磨はいつから俺に対してドSになったの」
「あ、じゃあ夜久さん夜久さん!」
「ん?」
「俺の膝の上で!」
「!?」
「…」
「リエーフ…」
「…バカか?」
全員に白い目を向けられて尚キラキラとした目で俺を見ていたあいつの顔が、妙に忘れられない。
そんなエピソードを出せば出すだけ溜め息が止まらない。寧ろ地面でも何処でも埋まりたくなる。
「なんかげっそりしてんな。生理か?」
「…女子に嫌われるぞお前」
「大丈夫俺モテる」
「くたばれ高身長」
同じクラスの黒尾はこういう時無神経すぎて役に立たない。というか、たぶん真面目に相談すれば真面目に答えてくれるんだろうが真面目には聞きたくない。俺が恥ずかしい。
「どうした恋煩いか」
「発言がいちいちおっさんなんだよお前」
「それよく言われるうー」
「うわうっざ…」
「思春期男子は大変だな」
「例え恋煩いだとしても研磨以外興味ないお前には絶対相談しない」
言った瞬間、黒尾がにやっと笑う。しまった、と思ったのと同時に背筋に寒気が走った。
「その顔やめろ、お前の笑顔は怖い」
「いんやー大体想像はつくけどな」
「分かってるなら鎌かけてくんな」
「どうせ熱烈アピールしてくる後輩ちゃんのことだろ?」
「っ…」
「分かりやすくて良いね、俺夜久のそういうとこ大好キー。」
すっかりニヤニヤモードに入った黒尾が前の席の椅子をちゃっかり拝借して俺の机に肘をつく。咄嗟に全力で椅子を後ろに引いた。
「そんなあからさまに警戒しなくても良いじゃない」
「お前がそういう顔してる時は大体俺にとってよろしくない事を考えてる時だからな」
「分かってるねぇ」
溜め息が出る。確かにこんなネタは黒尾にとって弄るなという方が難しい。
「そんな邪険にしないで構ってあげれば良いじゃないの」
「軽ーいお前は軽ーく言うけど俺はそんな軽率な人間じゃないもんで」
「あらやだ傷つく」
全く傷付いてない顔で傷付くとかさらっと言うからムカつく。全国の傷心の皆様に謝れ全力で。
「でも別に嫌な気はしてないんだろ?」
「…」
「偶には受け入れてやんねぇと、さすがにあのストレート馬鹿でもめげちゃうんじゃないのー」
…分かってはいる。気恥ずかしさやら動揺やらであいつ自身に何かちゃんとした反応を返してやったことはない。
それこそ俺自身が今一番気にしている事なんだけど。
悔しいが黒尾はちゃんとキャプテン面できる実力も度量もある。茶化しても俺達のこと客観的に見守っててくれてるのが分かる。
笑いながら席を立った黒尾を悔し紛れに睨みつけると、何故か髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。
「まあ俺は夜久のそういう顔見れてた方が楽しくて良いんだけど」
「ッ…変態!」
…やっぱり全体的にムカつく。
「おいお前らもう終われー。体育館閉めんぞ」
「ういーす。ほら、立てリエーフ死んでんじゃねぇ」
「えぇええええぇ夜久さん鬼ぃぃいいい」
「そんな叫べるなら元気だろ」
今日も今日とてレシーブ練でリエーフを扱き終えたが、本当に筋は良い。だがひょろひょろ伸びた身長に似合わず甘えっ子なところがあるから扱いに困る。
「…俺鯛焼き食いてぇなぁ」
「!夜久さんの奢りっスか!?」
「あと3秒以内に起きるなら」
「今すぐ片付けます!!!!」
まあ餌で釣った途端爆速で動き始める辺りはごく普通の育ち盛りな高校生なのだが。
「夜久もリエの扱いに慣れてきたなー」
「見てないでお前も片付け手伝えよ黒尾」
当てつけに持っていたボールをぶん投げると、大げさに危なーい!と叫びながらもたもたと他のボールも回収していく。
朝練のためにネットを緩めたまま置いておくと、倉庫からリエーフがワンコよろしくキラキラした目で飛び出してきた。
「終わりました!帰りましょ夜久さん!」
「あーハイハイ。先行って着替えてろ」
「はぁいっ」
今まであまり気に掛けないように努めてきたが、認めてしまえば部室に向かって走っていくリエーフの語尾と周りにハートマークが飛んでるのが見える。少し甘やかしただけでこれ程かと絶句した。
その光景がツボに入ったのか黒尾は爆笑している。明日シメる。絶対シメる。
「じゃあな、夜道に気をつけて帰れよ〜」
「その発言に含みがあるような気がするのは俺の気のせいか」
「そんな気がするなら多分そうなんじゃないの?」
「っ…ばか!」
ガチャガチャと戸締り確認を始める黒尾に背を向けて部室に向かう。途中で帰る支度をばっちり済ませてもそもそと黒尾の元に歩いていく研磨とすれ違ったが、いつも通り視線はスマホに向かっていたから声は掛けないでおいた。
あの二人のように、一緒に居ることが当たり前なことも世の中には在り得るんだなぁ、とぼんやり思う。
それが羨ましいと感じたことはないが、そういう関係性を持てるということは人生の中でも稀有なんだろうな、ということくらいは分かる。
その稀有があるかないか。それは望んで得られるものじゃあ、ない。
「夜久さーん!まだっスか!」
「早ぇよ。ちゃんと汗拭いたのか?」
「大丈夫ですデオドラントは万全ッス」
そのままこっちに抱き付いてきそうな勢いで駆け寄ってくるのを片手で制する。
俺が汗まみれなのに、着替えた奴が何故近付いて来ようとするのか解せない。
「早くしないと鯛焼き屋さん閉まっちゃいますよぅ」
「ハイハイ」
大型ワンコ宜しく尻尾がぶんぶん振られてるのが見える。俺の目も末期かと思うと頭が痛い。
「そういえばお前と二人だけで帰るのってあんまりないな」
「俺はいつでも夜久さんと二人で帰りたいですよ?」
「…サラッと際どいこと言わないの」
「えー本当のことですもん」
いつもはうるさいメンツに囲まれて帰るせいか、二人だけで歩くと妙に静かで、やたらにそわそわする。普段は聞こえないから意識しない、街灯にばちばちと当たる虫の羽音まではっきり聞こえてしまうくらい。
こんな時何を話そうか。自然な会話というものが咄嗟に出てこなくなって焦る。
「?俺の顔に何かついてます?」
「っあ、いや」
思わず相当上にあるリエーフの顔を見つめてしまっていたようで、怪訝そうに眉を下げたリエーフがずいっと此方を覗き込んでくる。
「ッ…!覗き込むな!何かムカつく!」
「あ、酷い!身長差別!」
びっくりしてデコピンかましてやろうかと手が出たが、ふいっと躱されてしまった。反射神経良いのもまたイラッとする。
「…でも、夜久さんいつもちゃんと俺の目ぇ見て話してくれるから嬉しいです」
「、は?」
「俺大抵の人より身長高いから立って話すと視線合わせて貰えないんスけど。夜久さんはどんだけ近くに立ってても俺の目見ようとしてくれるから好き」
にへら。と笑って言うから。
ぽかん。とする。
リエーフのくせに。
凄く、嬉しそうに言うから。
かあああっと顔が熱くなる。
もう周りが暗くなってて良かった。
「夜久さん?」
バカみたいに直球。
裏表がないと知っているからこそ、戸惑う。
「お前ほんと俺のこと好きだな」
笑って、軽く流してくれるように。
敢えて、軽く投げるように呟いたのに。
「…?いつもそう言ってるじゃないですか」
「ッ!」
「もしかして、本気にしてなかったんですか?」
とても、真剣な顔で。
立ち止まって、俺の目を見てくるから。
「なん、」
「好きです。」
「それは、」
「先輩とか、チームメイトとか、そういうの全部抜きで。夜久さんが好きです」
「冗談…」
「ジョーダンでこんなこと言わない」
リエーフの長い腕が、俺の肩を掴む。
「何度も言ってきましたけど。何度だって言います」
「ちょ、痛…」
「好きです。」
日本人じゃ滅多に見れない澄んだ目にキンッと光が通って、まるで金縛りみたいに動けなくなる。
目線を反らせないまま、整った顔が近付いて、
「っ…〜〜〜!!!!」
咄嗟に、固く目を瞑ったら。
ちゅ。
額に、温かな感触。
「、ふぁ?」
「…そんな怖がらないで下さいよ、傷つく」
心底困ったような顔で笑いながら、リエーフはぱっと離れていった。
「別に、夜久さん困らせたくて言ってんじゃないんで」
「、あ…」
「何か言わなきゃとか、考えなくていいですよ」
そのまま、背を向けてしまう。
一人で歩き出して行ってしまう。
俺はまだ何も言ってないのに。
らしくもない。静かな声だった。
そんなに俺は今怖がった顔をしたのか。
そんなに俺は今こいつを拒絶したのか。
そんなに、
「ッ…待てよ!」
「…?…夜久さん?」
声が震えそうになるのを必死に抑え込んだ。
「こわく、ない!」
「……はい?」
「お前なんか、怖くねぇ!」
「…えーと」
「だから、怖くない、から…」
その先が続かない。
言葉が出てこない。
恥ずかしいし何を言ったら伝わるのかが分からない。
自分の心臓の音がうるさくて吐きそう。
でも、でも。
「嫌じゃ、ない…」
声が小さくなりすぎて自分でも笑ってしまうくらい。
届いた?聞こえた?
不安で恐る恐る、リエーフの顔を仰ぎ見る。
「…夜久さんは、ずるい」
「は?」
近付きすぎて、全く表情が伺えない。
なのに予想外に低い声が聞こえてきて、咄嗟に息を呑んだ。
「リエ…」
「ちゅーは我慢するから。ぎゅってしてい?」
「え、ちょっ…!?」
俺の頭が言葉を理解する前に、大っきい腕にすっぽり包まれた。
がたいに似合わないくらい、ぎこちなく優しく。
「こうされるの、やっぱ嫌?」
「………いやじゃ、ない」
「しても、俺のことキライにならない?」
「………ん。」
温かい腕が、微かにぎゅっと力を強める。それでも痛くないように加減されてるんだっていうのが伝わってくるから、何かもうわけわかんないくらい胸の辺りが熱くなってくらくらする。
「じゃあ俺、もっと本気出してアタックしても良い?」
「…それはダメ」
「なんで!?」
ダメって言った瞬間、がばっと身体が離される。リエーフに至近距離で顔を覗き込まれて、さっと目を逸らしてしまった。
「…これ以上は、俺が恥ずかしい…」
そう、言うのが精一杯で。
リエーフの腕を振りほどいて、ずんずん一人で歩き出す。心臓の音がうるさくてうるさくて、リエーフの静止の言葉がよく聞き取れない。ああもう何やってんだろう俺。そう思ったけど、これ以上リエーフの顔をまともに見れる気がしなかった。
「夜久さん!置いてかないで!」
「うるせぇ!鯛焼き屋閉まるって騒いだのはお前だろ!」
「えええええ今それ言う!?」
これから先激しくなるんだろう、この肉食系後輩からのアプローチにどうやって耐えるか。それが俺の目下続く心配事になるのは、確実みたいだ。
fin.
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