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爪切り(黒研)
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「…あれ、」
鞄のポケットを探して、いつもの場所に入っていないことに気付く。
「ロッカーに忘れてきたかも」
「何を?」
「爪切り…」
少しでも伸びると危険な競技をやっている上、セッターというポジションでその存在は欠かせないというのに。
「予備どこやったかな」
「俺持ってる」
何故かおれの机を陣取って勉強していたクロが、自分の鞄を引き寄せて爪切りを放って寄越す。
「…クロのちょっと大きいから使いにくい」
「お前がいつも使ってんのがやたら小さいんだよ」
確かにこっちの方が市販されているサイズなんだろうけど。
あまり刃先が大きいと逆に切りにくい。かと言ってヤスリで削るには少し厄介なくらいまで伸びてしまっていた。
「…めんどくさい」
「爪切るのを面倒くさがるな。お前昔爪ごとボールに持ってかれたことあるだろ」
「うん、あれは痛かった」
「だろ?」
それでも自分の物より重いそれを持ち上げる気にならなくて、手の中で弄ぶ。
「怪我してからじゃ遅いぞ」
「明日朝練前に部室で切る」
「そのために5分早く学校に行く気力があるのか」
「…」
そういう時に起こしてくれるのは結局クロだけど。
明日布団を剥がされるのは嫌だから、それを言うのは止めておく。
「しょうがねぇな、ほら来い」
椅子からもそりと立ち上がったクロが、ティッシュを一枚引き抜きつつ床に胡座をかいて、膝をぽんぽんと叩く。
「何…」
「俺が切ってやる」
「え、ヤダ」
ベッドの上で即答したおれに、クロのにやりとした笑みが向けられる。
思わず、じりっと5cmくらい後退った。
「研磨」
「やだってば」
「前はよく切ってやってただろ」
「何年前の話してんの」
「俺が中二の時までは記憶ある」
確かに前は面倒くさいって言えばすぐクロが切ってくれていた。それこそ、その怪我がきっかけだった気がする。
その後高校入ってからはさすがに自分で切れるって言って止めさせたような
「久しぶりだろ?」
そう言う声が何故かわくわくと弾んでいて、正直怖い。
「何でそんなに楽しそうなの…」
訊きながら、ただその答えを聞くのも怖くて渋々ベッドから下りる。
爪切りを構えるクロの前に腰をおろそうとしたら、ぐいっと腕を引っ張られて思わずバランスを崩した。
「ちょっ!?」
「そうじゃねぇだろ」
抱き留められたと思ったら、くるっと方向を変えられて、いつの間にか背中から囲い込まれる。
「っ…背中暑いんだけど」
「俺が切りやすいようにしただけ。我慢しろ」
「横暴…」
肩にのしっと顎を乗せられて、身動きが取れなくなる。
深爪になるのも嫌だから、これ以上は大人しくしているしかない。
「…さすがにデカくなったな、手」
おれの左手を取ったクロが、ぽつりと呟いた。
「だから何年前と比べてんのって」
「それでも俺より小さいけどなー」
「クロとおれの身長差でおれの方が手大きかったら気持ち悪いでしょ」
肩の上で喋られると、身体に直に声が響くような感じがする。
そう言うクロの手も大きくなったし、声も低くなったのに。そんなしみじみ言うなんて、卑怯だと思った。
たった一才しか違わないのに。
ほとんどの時間を、一緒に過ごしてきたのに。
確かに、今も時間は流れていて、
おれ達は、大人になってきてるんだって
そう、実感せずにいられない。
ぱちり、ぱちん。
軽やかな音を立てて、一本ずつ爪が切られていく。
ぴったりくっついている背中から伝わるクロの呼吸が、集中しているのか深く、ゆっくりになる。
何だかくすぐったい。
顔には、出さないけど。
「っし、このくらいか」
「ん。」
器用に切り揃えられた指先を見て、クロが満足そうに呟く。それに小さく応えると、何故か頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「何子ども扱いしてんの」
「いや、なんでもねぇよ」
そう言いながら満更でもなさそうなのが不可解。
その顔を見ると、やっぱりクロに好き勝手させるのは極力避けたいと思う。
「もう絶対爪切り忘れてこない…」
「そんなツレないこと言うなー」
確かに、クロの顎が乗っていた肩がじんわりと痺れている、その感覚の懐かしさは惜しいと思った。
身体に直に響いていた声も、離れてしまうと少し物足りない。
それでも。
「研磨の爪なら自分のより綺麗に切れる自信あるわ」
「…調子乗らないで」
すぐおれを甘やかそうとするこの幼馴染を、おれが甘やかしちゃいけないから。
お互いに、少しずつの我慢。
fin.
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