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言われてみれば最初は、ほんとに軽い気持ちだったかもしれない。
でも確かにそれは、最初っから"恋"だったんだと、胸を張って言える。
「っだああああ扉全開だってこと忘れんなこのノーコン!!!」
「スミマセンスミマセンスミマセン!!」
「早くボール拾いに行け!」
「はいいぃぃぃ!」
じわじわと気温が上がり始めた頃。
その頃には、球拾いにも慣れて、先輩の練習メニューにも少しずつ混ぜてもらえるようになっていた。
ボールを触るのがとにかく楽しくて仕方なかったから、休憩中も怒られない程度にボール上げて貰って見よう見まねでスパイクとか打って、ひたすらボールと戯れていた。
でもいざ動くと思った以上に力の入れ方が分からなくて、他の人より長い腕に自分が振り回されてる感じが厄介で。
それでその時も、換気のためにネットも全て開け放していた扉の向こうに、キレーにボールが吸い込まれていってしまった。
「っあれー、おかしいな…こっち飛んでったはずなのに」
勢いがつきすぎたのか、体育館から少し離れた場所まで歩いてきたのにボールは全く見つからなくて、思わず垣根の手前に座り込んだ。
「あぢー、日光キビシー」
まだまだ初夏だというのに、照りつける太陽がいきなり春のヴェールを脱いだかのように存在感をアピールしてきて、疲れた体に優しくない。
薄暗い体育館から出てきた目に、緑が濃くなった草がきらきらして眩しい。
「あー…風気持ちイイ」
そよ、と流れる風に、張りついたTシャツが浮いてちょっと気分が良い。
(…あれ、)
緑の間にちらっと揺れた気がする視界に、そっと腰を上げて、
「何油売ってんだボールはどうした」
「痛っ~~~…!!!」
半端な体勢のままバシッと勢いよく後頭部に衝撃がきたと思ったら、凄く至近距離から声が聞こえてきて、思わぬ近さにびっくりする。
「夜久さん暴力反対っす!バカになったらどうしてくれんすか!」
「確かにそれ以上バカになったら大変だな」
「っ…鬼!!!」
しゃがみ込んだ姿勢のままの俺を見下ろすように仁王立ちになった夜久さんが、真顔でぴりぴりと威圧してくる。
「そろそろ休憩終わるんだけどな?お前は何をしてたのかな?」
「いや、その…ちょっとそこの草むらにですね、」
「あ?」
小さい体に似合わず(これは言ったらもっと怒られる)怖い夜久さんだけど、さっと立って見下ろすと
「これ!」
うん、やっぱり可愛い。
「…何だ薮から棒に」
「ちょうどさっき見つけて夜久さんに似合いそうだなーって」
夜久さんの髪にふわりと乗せた、小さな、白い花。
透き通る紅茶みたいな甘い色の夜久さんの髪に、きらきらと太陽の光を反射して星みたいな花が躍る。
「ちょ、何乗せて…」
「あー!せっかく可愛いのに取っちゃダメです!」
「可愛…!?」
顔を赤くして言葉につまるのが更に可愛い。
「やっぱり夜久さんはガン飛ばしてたら勿体ないっすよ」
上目遣いで困ったようにおろおろする夜久さんを見て、年上とか関係なく思わず頭を撫でたくなる。
ついすっと手を伸ばして…
「おい、夜久まで何やってんだ。ミイラ取りがミイラか」
「ッ…黒尾!」
「リエーフ、お前の目は節穴か?ボール体育館横の側溝に嵌まってたんだが」
「えええええ俺歩いてきた意味!!」
「バカめ。練習戻るぞー」
慌てて、伸ばしていた手を引っ込める。夜久さんは、黒尾さんに呼ばれるがまま背を向けてしまう。ふいっと、短い髪に太陽の光が反射して、やっぱりきらきらと輝くのが、眩しくてキレイ。
「…?リエーフ?」
そのまま固まっていた俺を不審に思ったのか、一瞬夜久さんが振り返る。
「、あ、いや…何でもないっス」
その髪に、触りたい。
いつもならそんなこと考えた次の瞬間に触ってしまうのに、それができない。夜久さんにだけはしちゃいけないんだって、動く体にブレーキがかかる。
だって一度触れてしまったら、ただ純粋に触れるだけじゃ物足りなくなって、もっと…
抱きしめて、優しく髪を撫でたくなるから。
そんな自分の下心に気付いて、ばっと振り払うように頭を掻きむしった。
「おいリエーフ、暑さでバテるにはまだ早ぇぞー」
一足先に体育館に足を踏み入れた黒尾さんから野次が飛んできてはっと我に返る。
「っさーせん今行きます!」
この時は、まだそれが"恋"だなんて、自覚のカケラもなかったけど。
でも確かにこの頃から、この心のドキドキは、ちっとも変わっていない。
「あ、ノート忘れた!悪い先行ってて!」
「またかよお前…」
移動教室前の業間。クラスメイトに呆れられながら、ばたばたと自分のクラスに向かって走っていたら。
(、あれ…)
分岐した廊下の奥の方で、見慣れた背中が目の端に映った。
(黒尾さん、と…夜久さん)
黒尾さんの影に隠れて、背の低い夜久さんに一瞬気付けなかったけど。
二人とも脇に教科書を抱えているから、移動教室の途中なんだろう。
急いでいたから、特に声は掛けずに通りすがろう、と思った。
なのに。
(…?)
一瞬の、違和感に、足を留めた。
先輩達が特別なことをしていたわけじゃない。
ただ、二人で話しているだけ。
夜久さんが黒尾さんを見上げて、何かを、話している、だけ。
それなのに。
(なんで、)
あんなにも、二人っきりの、誰も邪魔しちゃいけないような、壁を感じるんだろう。
(え、でも、黒尾さんは)
確か研磨さんと。
入部早々、二人はどんな関係なんですかって猛虎さんに聞いたら、基本的にあの二人はセットで居るのが普通だと思えって、答えになってない答えをもらったのを覚えている。
一般的に言うところの、幼馴染み。
でも、そんな言葉じゃ足りないのは、みんな分かってる。
じゃあ、今目の前にいる黒尾さんは、何だっていうんだろう。
黒尾さんと夜久さんが同じクラスなのは知ってる。二人が休み時間に一緒にいることは何も不思議じゃない。
でもそれだけじゃ、きっとあんな空気は作れない。
黒尾さんを見上げる、夜久さんの目が。
夜久さんを見つめる、黒尾さんの目が。
あんな、まるで、恋人同士みたいな…
「リエーフ?何突っ立ってんだこんなところで」
「!?」
突然背後から掛けられた声にびっくりして、声にならない悲鳴が出る。
恐る恐る後ろを振り返ると、皆から遅れて来ていたらしいクラスメイトの姿が見えて、つめていた息がはーっと漏れた。
心臓がばくばく鳴って、変な汗が出る。
「もう予鈴鳴るぞ」
「っあ、やばい俺ノート取りに戻る途中だった!」
二人が居た方を見ると、いつの間にかいなくなっている。
何だかもやもやしたものを抱えたまま、元来た廊下を走った。
黒尾さんと夜久さんが、仮に恋人、と名前のつく関係だとしたら。
そう考えたら、胸の奥が重苦しくなって、嫌などろどろしたものが込み上げてきて、昼も夜も気になって仕方なくなった。
最初は、男同士なのに、って感情の方が強かったから、ネットで調べた『同性愛嫌悪』っていうのに自分がなっているんだと思ってた。
でも、黒尾さんと研磨さんに置き換えて考えてみたら。そういう関係になってたとしても、別にそれは個人の自由だしなー、なんて考えてた自分を思い出して、夜久さんだけがダメなことなんてないじゃないかって気付いた。
じゃあ、何で黒尾さんと夜久さんが一緒にいるのは、こんなにも嫌なんだろう。
「それって恋じゃないの?」
「ふ!?」
「誰かと一緒にいると嫌なのって、ただの嫉妬じゃん」
「ふぃっふぉ!?」
「どうでも良いけどスプーン咥えたまま喋んないでよ」
持ち上げたアイスのカップから結露した雫がぽたりと垂れる。
咥えていたプラスチックのスプーンが口から落ちそうになって、慌てて柄を持った。
「犬岡…お前すげぇな…」
「何が凄いのかよくわかんないけど。リエーフの方がよっぽどそういう話得意そうなのに意外」
それはハーフに対する偏見だ!と声を上げたくなったけど、今大事なのはそっちじゃない。
「嫉妬…俺が…?」
夜久さんに?
それとも、黒尾さんに?
一瞬そんな疑問が頭を過ったけど、よくよく考えるまでもなく答えはわかっていた。
「だって、その子の頭を他の男が撫でてたら引き剥がしたくなるんでしょ?」
独占欲じゃんね。
フラッシュバックする幾つかの光景に、犬岡の声が遠くなる。
よく誰かに頭を撫でられてるのを見かける。
部員だったり、知らない先輩だったり。
その度に怒ってぎゃんぎゃんわめくけど。
ほんのり頬が赤くなって、本気で嫌がってるんじゃないっていうのが分かるから。
誰彼かまわずそんなことさせないでよって、つかつか歩み寄ってって間に割り込みたくなる。
「で、それって誰なの?」
にやにやした犬岡の顔が、ずいっと覗き込んできても。
俺の眩んだ目の前には、ただ一人の顔しか浮かんでいなかった。
夜久さん。
「お前はもっと強くなれるよ」
強い、澄んだ眼差しで、淀みなくそう言われると、何だってできるような気がした。
他の部員と比べても小さいのに、すごく、すごく存在感の大きい人。
でもほんの一瞬、ほんとに瞬きをする間くらいの一瞬、壊れそうな、崩れてしまいそうな、そんな危うい雰囲気を放つ時がある。
抱きしめて、ここに居ることを確かめたくなる。
そんな、不思議な魅力を持った人。
「俺は、お前の思ってるような人間じゃない」
陽のすっかり落ちた暗い校門で、夜久さんはそう言った。
俺の影が重なって、その表情はよく読めなかったけど。
それでも、気のせいじゃない。
確かにあの時夜久さんは、
傷ついた顔をしたんだ。
俺は夜久さんの何を知っているんだろう。
俺は夜久さんの、何を見てきたんだろう。
考えても考えても、分からないことだらけ。
夜久さんに触れて、夜久さんが好きだと思った。
その気持ちに偽りがあるわけじゃない。
それが間違いだなんて思わない。
でも夜久さんは遠回しに、それが違うんだって言った。
じゃあ本当の夜久さんってどんな人なの。
今までどんな人と触れ合ってきて、どんな人を好きになるの。
本当に知りたいのは、そういう事なのに。
何も知る機会を与えてくれないまま、ただ心を閉ざしてしまうのは、正直ズルいと思う。
何を隠してるの。何を押し殺してるの。
それは俺にも隠し通さなきゃならないことなの。
俺にできることは何もないの。
それを訊くことが、夜久さんを傷つけることになるのかどうか、それすら分からないから。
だからもっと、もっと俺と話をして欲しい。
もっと俺に時間を頂戴。
俺が側に居ることをゆるしてよ。
そう、思うのに。
その前に立ちはだかったのは、黒尾さん。
部室で話している時、練習中、帰り道…
ふと背後から、ぴりっとした気配を感じるようになった。
それが何なのかも最初は分からなかったし、気のせいだと思うことにしていたけど。
きっかけは、研磨さんの一言。
「お前が誰を想うのも自由だけど、今回は相手が悪いかもね」
ぽつり、と呟かれただけでその後にも先にも言葉が続かなかったせいで、理解するのに時間がかかった。
告白した後、部活の時には隠さずに堂々と夜久さん好きアピールをしていたから、単純にウザがられたのかとも思ったけど、どうやら違うらしい。
あれは、研磨さんなりの、忠告。
誰よりも黒尾さんの近くにいて、一番黒尾さんという人を理解している、研磨さんからの、忠告。
それがどういうことかくらいは、俺でも分かる。
…それでも。
「何回でも言います。俺は、夜久さんのことが、好きです」
俺は、この人のことを諦めたくないと、思ってしまったんだ。
to be continue...
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