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大事な大事な、俺の片割れ。
こればかりは汚さないようにと、必死に高いところに置いて、囲ってきた。
ある意味、夜久とは対極の存在。
何よりも、大切な…
「おはよう黒尾くん。ごめんね、朝練あったんでしょ?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。副部長に任せてきたからな」
「そっかぁ。でもなるべく早く終わるようにさっさと決めちゃお!」
今朝、俺が迎えに行かなくても研磨はちゃんと朝練に出ただろうか。
それ以前に、おばさんは俺が迎えに来ないことに気付いてちゃんと研磨を起こしてくれただろうか。
ジャージを忘れずに鞄に詰めただろうか。
寝ぼけて電車を乗り過ごしたりしていないだろうか。
…そんな心配ばかりが、頭を過ぎる。
「黒尾?聞いてるか?」
「あ、悪ぃ、何?」
「だぁから、組み合わせクジで良いかって」
球技大会。
バレー部は当然バレーボールへのメンバー入りは禁止されているから、クラスメイトに流されるまま男女混合のバドミントンに駆り出された。
そのエントリーペアを決めるというので、いつもは体育館にいる時間に、教室に呼び出されている。
さすがにこの時間だと教室にいる人も疎らで、真面目に勉強しようという奴くらいだ。
…夜久も、朝練には行っただろうか。
嫌でも目に入る夜久の机に、この後のことを思わずにはいられない。
今俺があいつらと顔を合わせたとして、できることは『何もなかったフリ』だけだ。
いつも通り。
何事も、なかったかのように。
…実際、今此処に居る、ということが既に『いつも通り』を装えていないと体現してしまっているようなものだが。
本当にいつも通りに振る舞えるなら、こんなクジ引きなど勝手にやっててくれと放り出して、朝練に向かうことだってできた、はず、なのに。
誘われたのを好都合とばかりに逃げ出したのは、自分。
俺が恐れているのは、何なのか。
夜久を不安に晒してしまうこと?
リエーフに手をあげて部停をくらうこと?
…研磨に、嫌われること?
(何も疑問ではない、全部だ。)
それなのに、全部を、危うく現実のものにしてしまうところだった。
何てバカみたいな話だ。
全てが裏目、裏目にしか出ない。
自分がこんなにも堪え性のないガキだったとは。自分のことを過信しすぎていたにも程がある。
「?…悪ィ、副部長から電話だ」
「あ?あぁ、付き合わせてんのはこっちだからな、気にしないで出ろよ」
「ちょっと廊下出る」
そして大体、俺の嫌な予感というか、予想は裏切られることがない。
「あぁ、ちょっと機嫌損ねてな…たぶん放課後も来ねぇと思うから、今日は研磨抜きでできるメニューだけ組む」
本当に嫌になるくらい…拗れた方向に、アイツは行きたがる。
研磨にくらった平手の痕は、意外と残らなかった。
念の為に湿布を貼ってみたが、朝には薄く赤味を帯びていたくらいで、顔面にスパイクを打ち込まれた時に比べればとても小さな負傷だった。
ただ…やたらに、痛い。
ヒリヒリというよりは、ズキズキと。
中から抉ってくるような痛みがあるような気がして、ついそこに掌を当ててしまう。
それに加えて、フラッシュバックする研磨の顔と、声。
見続けていられなくて、思わず顔を背けたまま、研磨が目の前からいなくなるまで動けなかった。
幼馴染としてずっと、ずっと傍にいるけれど、研磨をこんなに怒らせたのは初めてかもしれない。
中学の時にほんの好奇心でクラスの女子と付き合った時にも、研磨は曇った顔をしたが怒りはしなかった。結局それもバレーと研磨が優先になってそんなに長くは保たなかったのだが。
それでも、研磨の隣に戻った時の収まりの良さというか、安堵感のようなものをはっきりと自覚したのは、確かにあの時だったと思う。
自分の蒔いた種とは言え、初めて、研磨を失う怖さというものを思い知らされている。
今更そんなことを言い出したとして、研磨は許してくれるだろうか。
いつものように、呆れた顔をしながらも抱き付いてくれるだろうか。
(…そんなの、都合良すぎるだろ)
「それで、逃げてるんですか?」
「…お前にそんなセリフ吐かれるとは思わなかった」
「俺だから言うんすよ。そんな言葉だけの覚悟とかいうヤツで殴られたんじゃ、俺が貧乏クジです」
「言うねぇ」
昼休みになって早々、一人で購買に行こうと教室を出た瞬間に、ひょろい影に捕まった。
それを中にいる夜久に見られたくもなかったし、避けてもいられないかと観念して連行されるがまま、奴は外の自販機前に座り込んだ。
「メシは買ってあるんで飲み物奢ってもらえません?」
「連れ出す準備万端かよ」
「そうでもしなきゃクロさん逃げるっしょ」
「俺に謝罪でも求めに来たか?」
苦々しく笑いながら、コーラのペットボトルをくれてやる。自分の分の小銭を追加しながら、自販機のボタンを指が彷徨った。
「謝らなきゃいけない、と思ってるんですか?」
「…少なくとも、お前相手に謝ることはないと思ってるが」
「なら良いです。別にそんな言葉クロさんから聞きたくないし」
「俺もお前も、謝るなら夜久に対してだろ」
「聞かせてはくれないんすか」
「…何を」
「俺を、夜久さんから引き離したい理由」
がこん。鈍い音をたてて、コーヒーの缶が落ちてくる。
「…少なくとも」
冷えた缶の結露が、指を濡らした。
「俺の口からあれこれ気安く言えることでは、ないと思ってる」
一瞬口を開いて此方を見上げたが、何も言わずまた閉口したリエーフの隣に腰をおろす。
「昨日、ただのセフレなのか、って訊いただろお前」
「…間違っては、いないんでしょ?」
「否定はしない。」
リエーフに差し出された焼きそばパンを受け取って、ぱりぱりと袋を破く。
内心、こんな麗らかな午後に校庭を見ながら呑気に飯食って話す事じゃねぇよなぁ、と苦笑が漏れる。
「夜久自身が、そう思ってる」
「じゃあ、何で」
「俺がそう思わせた」
「…クロさんとしては、違うって言いたいんですか」
リエーフの声に、剣呑な棘が含まれる。
「俺がそんな軽薄な言葉で夜久のことを呼べるかっていう話なら、確かにそんな感情で抱いてるわけじゃねぇよ」
「なら夜久さんにもそう言えば良いのに」
「俺は夜久も…それ以上に研磨も、傷つけたくはなかったんだよ」
上手く喉を通らないパンを、渋味の強いコーヒーで流し込む。
軽薄というなら、俺の存在そのものが軽薄だ。それをリエーフが軽蔑するなら、当然だと割り切れる。
「夜久の事情は兎も角…あいつの傷付いてる心に、慰めっつう名目でツけこんだのは確かだ」
「つけこんだ、って」
「俺なら夜久を守れるって思っていたし、そうでなきゃいけないと焦ってたのもある」
リエーフの手は止まったまま、ペットボトルを蓋も開けず握ったっきり。結露が流れて、ぱたり、地面に染みを作った。
「まぁ…あいつは、あいつなりの生き方を選んだだけなんだけどな。それに苦しんでるのを、見てられなかった」
傷付くのが当然だと。
笑いながら、一人になって泣く。
その顔を…他の男に見せたくなかったという、本音。
「だから、正直お前のド直球な性格が夜久を救うのか傷付けるのか、賭けに出ることすら嫌だったんだよ」
コンッと小さな音をたてて、飲み干した缶を置く。
リエーフは、黙り込んだまま。
「お前がそれでも夜久と一緒に居たいって言うなら、もう何も言わねぇよ。俺には動いてる夜久の心を引き留めとく器量はねぇ」
…俺だって、疾うに分かっている。
あの日、夜久が、告白されたと泣きながら言った時。
夜久が目を逸らそうとしていることに、同時に夜久自身が強く惹かれていたことに。
自身を蔑みながら、それでもリエーフという眩い光に、焦がれずにはいられなかった瞳の迷いに。
「夜久の気持ちは本人から聞け。本人に拒絶されるようならそれまでだ」
「…クロさんは、」
もう話は終いだとばかりに立ち上がった俺に、引き留めるように後ろから声が掛かる。
「クロさんは、夜久さんをどう思ってるんですか」
リエーフの鋭い眼光が、キンッと光を跳ねて俺を見つめる。
「…そんなん、知ってどうする」
「俺は、クロさんのことが一番よく分からない」
「分からなくて良いだろう、俺のことなんか」
「でも、クロさんがそれで納得してるようには見えない」
「…俺が夜久との関係を辞めなければ、お前は諦めるのか?」
「、そういうことじゃなくて」
はぐらかさないでください。
そう、掛けられる声に、無性に苛々する。
いつまでも続けていられる筈はなかった。それは最初から分かっていたこと。
ただ…ただ、もう少し、もう少しだけと先延ばしにしてきたものを、
自分の意思では手離せなくなっていたものを、
ふとした瞬間に失ってしまう、刹那の喪失感。
居心地の良かったぬるま湯の空間には、もう戻れないと宣告された今、
その元凶たる人間に心を暴かれる程、残酷なことがあるだろうか。
…ただ、ここで怒りや悲しみをぶち撒けて全て吐き出したところで何か変わるかといえば、答えは分かりきっている。
リエーフが諦めたなら、夜久は、俺の元に残るかもしれない。
それでも、光に眩んだ目をもう一度俺に向けたとして、夜久は更に深い泥沼に捕らわれてしまうだろう。
「俺は、研磨以外、愛せない」
「…それが答えですか」
「それ以外にお前の疑問に答えてやれる言葉はねぇよ」
「…残酷な人ですね」
「お前に言われたくないわ」
「クロさん自身に対してですよ」
思わず振り返って見下ろした先で、リエーフが至極真面目な顔で俺を見つめていた。
…何もかもを暴こうとする目だ。
意思の強い、獅子の、目。
「ついた嘘は、いつか自分に返ってくるんすよ」
「…何が言いたい」
「夜久さんのことだって、愛してるくせに」
ざわり。
風が、吹き抜ける。
思わず、目を閉じた。
「そう思いたければ、思ってて良い」
「まだ逃げるつもりですか」
「俺はこれ以上、研磨を裏切らない」
「言い訳だ、そんなの」
「俺は、夜久が泣かなければ、それで良いんだよ」
もう一度、リエーフに背を向ける。
今度はもう、続く言葉はなかった。
大切なものを、ただ大切にしようとすることの難しさ。
それは、抱えるものが増えれば増えるだけ、身動きが取れなくなって自分の首を絞める。
それが弱味にならないように、横から攫われることのないように、必死で余裕のあるフリをしていた。
でも、その全てが手から零れ落ちそうになったなら。
どれか一つでも守ろうとした時、俺が一番に選ぶもの。
それは、いつだって。
「お前が研磨に手を出さないのは、結局幼馴染の域を越えられないからか?」
「何だ、藪から棒に」
「研磨とは、ヤッたことないんだろ」
「…デリカシーって言葉知ってるか?」
俺の柔らかくもない膝を枕にしながらスマホを弄っていた夜久が、何の脈絡もなく訊いてきた時のこと。
「研磨ってそういうあからさまなの、面と向かってぶつけられるの苦手だろ」
「まあ、キスで文句言わなくなったのすら最近だな」
「その一線を越えるつもりもないから俺とヤッてんの?」
夜久が探ろうとしているものの行き先が知れなくて顔を伺い見たが、相変わらずスマホの画面に視線を向けたまま淡々と声を紡ぐ。
「幼馴染の域はとっくに越えてる。研磨が対象外なわけじゃない」
「我慢してんの?」
「お前の想像はあながち遠くねぇよ」
無防備な額を指先で突つくと、漸く怠そうな瞳が俺の顔に向く。
「…そんなに研磨が大事か」
「そりゃあな」
「過保護だねぇ」
止めずにとすとすと額を突つき続けると、ヤメロと言わんばかりに指先を掴まれた。
その制止を振り払わずにいると、握り込まれた指はそのまま夜久の指と絡められる。
「…正直な話、俺も研磨も、お互いに同性じゃなきゃ、こうはならなかったんだよ」
男にしか好意の向かない夜久と違うのは、そこ。
だからこそ、言葉を選ぶ。
「確かに、研磨はどうか知らんが、お前は両方イケる口だもんな」
「あいつは極度の人見知りなだけで、俺以外に対してはヘテロだよ」
たまたま、俺が同性だっただけで。
研磨の性愛対象は、本来女だ。
「だから…あいつにプライドとか後ろめたさとか、そういうことで病ませるくらいなら、」
「プラトニックで良いって?」
「まあ、そういうこと」
顰められた夜久の眉間にふっと笑いを溢すと、握られた指先にきゅっと力が込められる。
…恐らく、夜久が遥か以前に捨ててきた、というより、心無い相手の所為で捨てざるを得なかった、そんな次元の話だ。
「お前って、本当に…」
「何?」
「…いや、何でもない」
言葉を濁した夜久が不意に上体を起こして、触れるだけのキスになる。
絡められた指は、そのあと暫く離されなかった。
「黒尾、次の試合15時くらいになるって。それまでフリー」
「おー。じゃあ飯食ってくるわ」
「うちのクラスのバレー見に行かねぇの?」
「俺が練習付き合ったんだ、そうそう負けねぇよ」
あれから一週間以上、研磨は見事に俺を避け続けている。
家まで押し掛けても、籠城戦を決め込んだ研磨の本気の前では、部屋の扉は1cmも開けられなかった。
学校でも、クラスメイトの視線に留まらず姿を消す研磨の足跡を辿るのは難しい。
どうしたものかと頭を掻きながら、なんやかんやと球技大会の日まで進展のない始末。
(そういえば、あいつが何の競技に出るのかすら聞いてない)
食堂に向かって歩くと、早くも負けたのだろう、自由応援という名の堂々としたサボりに興じている生徒が教室の中にぱらぱらと見える。
その時、ふと。
窓の外に、校庭を横切る、黒と金のプリン頭が見えたような気がして。
何だかもう、今捕まえられなければもうこの後はないような、そんな焦りで一瞬の後には弾かれたように走り出していた。
何を、話せば良いとか
どうしたら、一番誤解なく伝わるかとか
結局、傷付けていることへの謝罪の言葉とか
…未だ何も、なにも、考えるだけ考えてぐるぐるしたまま一つとして決めてやしないのだが
それでも、今、伝えなければ
もう二度と、研磨の手を握れないかもしれない。
(それだけは、嫌だ)
「ッ…研磨!!」
渡り廊下の奥に、研磨の姿を捉えて思わず名前を呼んだ。
瞬間、ぱっと顔を上げた研磨の…今まで何年も一緒にいて見てきた、どんな表情よりも複雑な、言葉に形容し難い顔を見て、思わずはっとする。
く ろ 。
そう、唇が動いたのがみえた。
直後に研磨が走り出して、慌ててその後を追う。
足で俺に勝てる筈がない。差が縮まるのにもそう距離はいらない。
なのに、研磨の背中がやけに遠い。
猫背の、小さな背中。
抱き締めて、守っていたい、小さな、背中。
「ッ…逃げんな」
頼むから。
喉の奥底から絞り出したような、自分でも驚くくらい縋り付くような声に、研磨の肩がびくりと震えたのを見た。
「研磨…っ」
やっと、やっとの思いで、肩を捕らえた。振り解くような反射的な動きを逆手に取って、腕の中に身体を引き込む。
「っや…!」
腰と首を抑え込んでしまえば、研磨の腕力で抵抗らしい抵抗にならないことは分かっていた。
それでも押し返される腕の反発に、つい抱き寄せる力が強くなる。
「っは、離して、やだ、」
「離さねぇ。」
上がった息を整える間に香る、数日ぶりの研磨の匂いに頭がくらくらする。
どう足掻いても力で俺に敵わないと諦めたのか、ぴたりと動きが止まった。
「まだ、怒ってるか?」
肩口に頭を預けたまま、問う。
「…その訊き方、卑怯だと思う」
「知ってる」
「…見ればわかるでしょ」
ふぅ、と軽い溜息と共に、腕の中の研磨が脱力する。
怒っていないのは、顔を見れば確かに分かる。元々の性分、怒りという感情をそんなに長く持続できる筈がないことも。
「でも、俺のことは避けてただろ」
「だから、分かりきってることを訊くのは卑怯…」
「確かに、分かった上で訊いてる。でも分かりきってることを言葉にしてこなかったことを、今になって後悔してる」
言葉がなくても伝わることに、甘えすぎていた。
こいつなら、これくらい分かってくれる
…そう思えたのは、確かに"信頼"だった。
ただ、自ら能動的に在ろうとしない研磨にとって、何も訊かない、ことは、研磨から言葉を奪うことと同義だ。
「お前から、ちゃんと言葉で聞きたい」
その口から、その紡ぐ声で。
「…どうして、おれの逃げ道を塞ぐの」
ぽつり、震えた声が、小さく、けれど静かな廊下に融けるように、さわり、反響して鼓膜を揺らす。
「なんでいつもみたいに笑って赦してくれないの」
「、だから、俺は」
「おれに、何を認めろって言うの…?」
身体を離して覗き込んだ瞳から、いっぱいに溜め込んだ涙がはらり、頬を伝って落ちた。
俺たちが、わざと曖昧にしてきた部分。
そしてお互いに、甘えを含んでいた部分。
「愛してる。都合が良いって罵られても、お前だけ」
どんなに薄っぺらく聞こえたとしても。
その心に響かなくても。
俺の中で揺らがない柱は、その一本だけ。
依存だと笑いたければ笑えば良い。
ただそれでも、俺が大切なものをいくつも天秤にかけて、最後まで残るのはこいつしかいない。
「なぁ、研磨も観念して。俺だけ一人を地獄に落とさないで」
「…最低、バカなの?」
「そのバカに、本当はもっと言いたいことがあるんだろ?」
滑らかな頬を包み込んだ掌に、冷たい雫が後から後から流れ込んでくる。
唇を噛み締めた研磨が、ぎゅっと、目を瞑った。
「なぁ、研磨。」
首を力なく、ゆるゆると横に振りながら、顔を隠すように肩に額が埋められた。俺のシャツを握る拳が、小刻みに震えている。
「どれだけ足掻いたって、俺たちに戻れる場所なんてねぇだろ」
全てを認めてしまえ。その罪悪感は研磨だけのものじゃない。二人のものだ。
「ッ…ずっと!ヤだった!クロが離れてくんじゃないかって怖かった!夜久さんに、クロが、とられるんじゃないかって…!」
しゃくり上げながら、それでも一息に吐き出された声が、俺のジャージに吸い込まれていく。
涙で濡れた肩はとても冷たいのに、腕の中の体温はとても温かくて、つい抱き寄せる力が強くなる。
「…やっと聞けた。お前の声」
「さいあく。さいてい。クロなんか夜久さんにこっぴどく振られればいいのに」
「振られたよ、もう」
毒吐く研磨の言葉に苦笑しながら、それでも思ったより抑揚のない声で出た返答に、自分でも驚いたし研磨も弾かれたように顔を上げた。
「な、に…それ」
「んー、まぁ本命の登場で脇役がいらなくなったってトコ?」
茶化すように努めたセリフも、研磨には通用しないらしい。
元々、リエーフと夜久の間にあった変化には気付いていたこいつのことだから、今の言葉で全てを覚ったんだろう。
涙でぐちゃぐちゃの顔を更にくしゃっと歪めて、あ、また泣く、と思った瞬間、首を強く引き寄せられた。
「…普通なら、おれが慰めてもらうとこなんだけど」
今度は研磨の肩に俺の頭が埋められて、後頭部で温かい手がぽんぽんと緩やかなリズムをとる。
一瞬言葉の意味を理解できなかったが、あぁ、なるほど、こいつなりに俺のことを慰めるつもりなんだと分かって、
そしたら何だか、涙が出た。
夜久のことを、ただ無性に守りたいなんて嘘だ。
俺は…確かに、夜久のことも愛していた。
周りにはとっくに気付かれていて
ただ俺自身が認めようとしていなかっただけ
夜久を守りたい
それもただ一緒にいるための口実
確かに、愛していた。
隣に、居たかった。
あたたかかった、心地良かった、
その関係も、
もうこれで、最後。
to be continue...
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