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あたたかい呪い(影日)
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おれは、影山の手が好きだ。
いつもおれを思いっきり飛ばせてくれる。
気が向いた時に頭をなでてくれる。
もうちょっと気が向いた時に、おれのことぎゅってしてくれる。
あったかい、あったかくて大きい、影山の手。
一緒に寝てる時にずーっと眺めてたこともあるけど、すげぇキレイ。
キレイって言っても、女の子みたいなふわふわしたキレイさじゃなくて。ごついけどムダな肉がなくて、爪の先までちゃんと整えてある。いかにもセッターの手、って感じ。
たまに二人きりの部屋で手を握らせてくれることもある。
おれの手を簡単に、すっぽり包めるその手が、おれの指と絡んでぎゅっと離されないでいる時が、すごく、すごく、幸せ。
でも、最近、悩んでることがある。
おれは、影山の手が好きなの?
影山じゃなくて?
…いや、まさか、そんな。
「何言ってんの?」
「…デスヨネー。」
思い切って合宿中、音駒の部屋に乗り込んでって研磨を連れ出してみたんだけども。
こっちが喋り終わるなり聞こえてきたのは、すごく呆れた声だった。
「なんか…うちのクロも大概変態だけど、翔陽も負けてない気がする」
「え、黒尾さんと比べられるのおれ!?」
「ベクトルはちょっと違うけど」
「…ベクトル?」
ここぞとばかりに溜息を吐かれて、ちょっとビクビクする。
「まあ世の中には手フェチっているらしいし」
「フェチ?」
「手の形とか血管の浮き具合とかにこだわりのある人たち」
「…それはあんまり分かんねえ」
「影山だけなの?」
そう言われると、そのフェチとかいうのはちょっと違うような気もする。
頭を抱えて悩み始めたおれに、研磨はふうん、と面白くなさそうな声を出して、
「まあ、おれじゃ参考になる話はできないし。他あたって」
肩をぽん、と叩いて、ちょっと遠くを指さしたと思ったらそのまま行ってしまった。
その、指の先には。
「んあ?手?」
「そ、そうです!あかあしさんも手がキレーだから…!」
っていう意味で研磨が木兎さんを指して行ったんだと思うんだけど!
そう言えば、木兎さんと赤葦さんは、ずーっと一緒に居るし、何となくおれ達と近いような気がする。っていうか、もし違くても木兎さんにはバカにされない気がする。
「おー!あかーしの手のキレイさがわかるとは見る目あるねチビちゃん!」
「ういっすあざっす!」
豪快に笑いながら、頭をぽんぽんと撫でられる。
木兎さんの手は、影山のよりも…何ていうか、更にゴツくて熱い。影山とか赤葦さんがキレーな手なら、木兎さんのはカッコイイ手。
「確かに赤葦の手は大事だな。か弱くはねぇけど、すげぇ繊細な職人の指って感じ」
「そ、そう、それっす!」
「まあ、あんまり構い過ぎると触らせてくれなくなるけどよ」
「…やっぱり…」
そっすよねー、と返す言葉が、小さくなる。
「でも、あの手があるから俺たちは飛べる」
「…ッ!!」
「だろ?」
にやっとした笑みと共に、瞳がきらきらと誇らしげな光を揺らめかせる。
「あいつの手握ってるとさ、力が湧いてくるっつーか、こう…ポカポカするっつーか」
そうだ、それで、もっともっと、跳びたくなる。
「ま、それも赤葦が俺のこと想ってくれてるからだけどな」
愛の力ってヤツ?
挑発的におれの目を覗き込みながらそう言い放つと、もう一回頭をぽんぽんとされて、木兎さんは赤葦さんを探しに行ってしまった。
愛の力、って。
はっきり、そう言われたことに、心臓がばくばくしてる。
なぁ、それなら、おれは?
おれと影山の間には、そんな愛の力ってやつがあるんだろうか?
「で?俺に直接訊きに来たって?」
「うん」
宮城に帰ってきて、久しぶりのほんとの二人きりに、少しそわそわしながら影山の隣に肩を寄せる。
「バカかてめぇは」
「ぬぁ!?」
油断していたところに、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられて変な声が出た。
くそぅ、何してくれる。
「俺の手が好きか」
「ん。だからそう言ってんじゃんか」
「俺の手だから好きなのか」
「ん。…ん?」
影山が二回も言った意味がわからなくて、つい上目で見上げる。
すると、すげぇ真剣な、というか難しそうな顔しておれのことを見ている目とかち合った。
「じゃあ、この手はお前にくれてやる」
「え、良いの?」
「ただし俺は何もしねぇ」
「…はい?」
「俺からはお前に触らないし頭も撫でてやらねぇ」
「え、やだ!」
食い気味に拒否すると、何かを企んだ顔でニヤッと笑う。
「それでも、俺の手が好きだって言えるかよ?」
自信満々な、ハタから見たらすんげぇ悪い顔。
でも彼氏の贔屓目で見てるおれには、ちょっとカッコ良くてきゅんとした。最悪だ。
「…卑怯だ」
「何処が。分かりやすく例えてやっただけだろう」
「うー。意地悪いー」
確かに影山が動かしてくれない手は、そんなに欲しくない。くれるって言うならもらうけど。
「もういっこ」
「ん?」
「お前の頭撫でてるのが、月島の手だったら」
「背中に寒気が!!!!」
「だろ?」
てのはまあ、冗談だけど。って笑う影山の顔を見て、納得する。
こんなにあったかくてきゅんきゅんするのは、影山の手だからだ。それは間違いない。
「それでもまだ何か不満か」
ずいっと間近で目を見つめられて、どぎまぎする。
「ふまん…じゃあ、ない」
「って言ってる顔が不満そうなんだよボケ」
「んぐぅ…」
不満か不満じゃないかで言ったら、確かに不満じゃあ、ない。
「でも、やっぱり、お前の手はみんなのものだ」
チーム皆が頼りにしているセッターの手だ。
おれ一人のものじゃない。当然だけど。
言った瞬間、影山の目が珍しくきょとんと丸くなった。
「…妬いてんのか」
「っ誰が!?」
「お前以外に居ねぇわボケ。…ふーん、そうか、妬いてんのか」
何やら勝手に納得して、勝手にニヤニヤし始めた影山くんが、ちょっと怖い。
「妬いてねぇよ」
「意地張るな」
「張ってないっ」
やたら楽しそうなのが悔しくて声を荒げてみるけれど、影山の機嫌は良くなるばかり。
それに、つむじ辺りの髪をくるくると弄ばれている感覚がくすぐったくて、おれも怒っていられなくなる。
「…お前の手は、スゲー手だ」
「は?」
「どんなに上手いセッターより、おれを高く跳ばせてくれんのは、お前だ」
「…当然だろ」
「木兎さんは、それを"愛の力"って呼んでた」
「!?」
言った瞬間、影山が噎せた。
「何だよ、言ったのおれじゃねぇよ。木兎さんに謝れ」
「や、おま、愛って…!」
「あの人のテンションで言わねぇとただの恥ずかしいセリフだけどさ。でも」
それが言えるって、すげぇことじゃん?
ちょっとだけ、声が張れなくて小さくなってしまった言葉に、影山の動きがふっと止まる。
何だ、おれ自信なかったのか。
そう思う程、急に心細くなった。
「…お前に、それを疑われるとは思わなかった」
「、え」
「お前なら、何となく言わなくても分かんだろって。買い被りすぎてたか?」
「や、それは買い被りっつーか言えよ。エスパーじゃねぇんだよ」
真剣、を通り越して困惑しているような瞳にじっと見下ろされて、動揺しそうになったけど、さすがにツッコまずにはいられなかった。
「それを言わずにどれだけのカップルがダメになるのか知らんのか。本当にお前漫画とか読まねぇのな」
「うるせぇ、バレーして飯食ったら眠くて本なんか読めねぇだろ」
「うええ、その通りだけど俺らがバカだと言われ続ける理由がそこに…!」
分かるんだけど、それじゃマズいことも分かっている話に頭を抱えながら、焼き付いたように離れない、さっきの一瞬の、影山の不安そうな顔にムズムズする。
…そう言えばこいつ、コミュ障こじらせやすい俺様タイプだった。
出会った頃よりは、かなりマシになったと思うけど。
言わなきゃ分かんない事もあるっていうことを、何度も訴えてきた。
ただ、今思えばそれは主にコートの中の話だった気がするし、おれ達がこういう関係になってから改めて言ったことはないような気もする。
そうか、これはコミュニケーション不足ってやつなのか。
影山に触られるだけで何となく幸せなような気がしてたから、すっかりそれに慣れてたのかもしれない。
「…悪かった」
「っ!?」
「お前なら、言わなくても分かるだろって、勝手に思ってた」
突然、まさか謝られるとは思ってなくて、変な声が出そうなった。
ただ、見上げた影山がちょっとバツの悪そうな顔をしていて、いつの間にかそれは喉の奥に呑み込まれていた。
「べつに、謝られることじゃない、けど」
「でも、お前も言ったことないからな」
「え、」
「俺も言われたことがない」
「…うそぉ」
「言った記憶があるなら、いつの事だか言ってみろ」
「………ゴメンナサイ。」
ああ、そうか、違うんだ。
影山の言う、言わなくても分かんだろって、そういうことか。
いつ間にか、一緒に居るだけで、何でも伝わってる気になってた。
っていうか、最近いつでも、"こいつ同じ事考えてんな"って思ってたから、変な自信がついてたんだ。
「ぐぬう…盲点だ」
「で?それを踏まえて何か言いたいことはあるか?」
自分のことを棚に上げてた後悔で頭を抱えるおれに、開き直った影山がにやりと笑う。
「おまっ…それ卑怯だ!」
「何だよ、俺はちゃんと謝ったぞ」
「謝る方じゃねぇよ!何でおれから言わなきゃいけない空気になってんの!?」
「お前が言い出したんだろ」
「んあー!むかつくー!」
誘導されかけたのが無性に腹立たしくて影山に掴み掛かったけど、ちょっと上から見下ろしてくる顔はやっぱりにやにやしていて、何処か楽しそうで。
「そんなムカつく俺は嫌いかよ?」
見上げるのに上がった顎がいつの間にかきっちりホールドされてて、顔が反らせない。
「だから!それが卑怯だって!」
「日向。」
「っ…」
もう片方の手が、首の後ろにまわる。
おれの知ってる、あったかくて、優しい、影山の手。
じんわり包まれたら、もう逆らう気も起きないんだって、多分知ってる、ズルい手。
「…好きだよ。悪かったな」
「何でそんな喧嘩腰だよ」
「うるせぇ卑怯モノー」
文句を垂れ流してやろうと口を開いたところで、顎に掛かる指がぐっと角度を上げて、
「俺は愛してんだよ。悪かったな、卑怯者で」
超至近距離で囁かれた直後に、思いっきり深く唇に噛み付かれた。
「ッ…ふぁ、」
頭が痺れる言葉とキスのコンボで、泣きそうなくらい混乱してるしワケがわからない。
ただ何かが幸せなのは確かで、もの凄く影山が好きすぎて、やっぱり泣きそう。
「…何でそんな涙目なんだよ」
「ひぅ…ばかぁ、影山のばかー!」
「は!?」
「好きだよばかー!」
「告白すんのかバカにすんのかどっちかにしろよ」
ぐしぐしと目をこするおれに多少動揺したのか、温かい手にぽんと頭を引かれて、おれより広い肩に抱き寄せられる。
そのままぽんぽんと背中を揺らす手と、影山の心臓の音がおれの呼吸をゆっくりにして、
後に残るのは、すっかり甘やかされて、とろとろに溶けてしまった『大好き』の気持ちだけ。
「…お前、もう俺のこと疑うなよ」
「うっわ、俺様」
「疑ったらお前、思いっきり跳べないだろ」
「…まあ、そうだけど」
「信じろよ。疑わなくたって、俺はいつでもお前の一番になることしか考えてない」
それが、コートの外でも。
暖かい腕の中で聞いたその言葉は、まるで呪いだ。
耳に残ってずっと離れない。
これから先どんな時も、きっとその言葉を思い出せば、おれは誰より高く跳ぶことを目指して、上へ、上へと向かっていける。
背中からふっと離れた手が、おれの手を取って、きゅっと握られる。
その手を握り返すと、ぎこちなく指が一本一本の輪郭を割って、五本の指先と指先が、それぞれぜんぶ、触れ合った。
キレイな手、その指先から、とく、とくり、少しだけ伝わる鼓動。
指先がずれて、絡みあったまま、ぎゅっと握り込む。
手のひらが、ぴったりとくっつく。
皮膚も、温度も、ぴったりくっつく。
ふへへ、って思わず笑い声が漏れたら、頰っぺたにちゅって軽いキスが降る。
おれは、影山の手が好きだ。
いつもおれを思いっきり飛ばせてくれる。
気が向いた時に頭をなでてくれる。
もうちょっと気が向いた時に、おれのことぎゅってしてくれる。
あったかい、あったかくて大きい、影山の手。
その手が導いてくれる道の先に、おれの目指す"頂きの景色"がある。
跳ぶのは、おれの役目。
地上からおれを跳ばせてくれる影山に、全く同じ景色を見せることは出来ないけれど、
おれが頑張れば、お前にも最高の景色を見せることはできるって、お前が教えてくれたから。
「…信じてるよ。おれの一番はお前だもん」
おれは、影山が、好きだ。
fin.
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