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『ただいま』 ※グロ注意
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よろよろと、ふらつきながらトールは家路を歩く。腹と肩に深い傷を負っており、トールの体は真っ赤に染まっている。遠のきそうな意識を必死に繋ぎとめて、一歩一歩、踏みしめるようにして歩く。
血に染まった手を開くと、自らがラフルに贈った木製の指輪があった。指輪に誓ったのだ。絶対に、生きて帰ると。
「ラフ、ル……」
愛しいその名前を口に出してみると、力が湧く気がする。遠のきそうな意識をつなぎとめる魔法の言葉だ。ぐっと、指輪を握り締める。生きて、帰る。絶対に生きて帰る。
力が抜ける手で、それでもなんとか部屋の鍵を開ける。玄関にラフルが小走りで来る音がした。
「トール、おか……っ!トール!?」
ずっと焦がれていたラフルの声だ。霞む目で目の前を見つめる。愛しい恋人の姿だ。ラフルのもとへ、帰ってきた。張り詰めていた糸が緩む。
「ラフル、ただ、い……」
言い終わらないうちに、身体から力が抜け、トールの意識は暗転した。どさり、と身体がラフルの前に投げ出される。血がどくどくと流れ床を汚していく。
「トール!?しっかりして!ねぇ!」
真っ青になってトールを揺さぶる。傷が深く白い骨が露出している部分すらある。はやく、医者に診せないと。
トールは何かを固く、握りしめていた。そうしているうちにもトールの顔は青白くなっていく。ラフルは裸足で駆け出した。幸い医者は近くにいる。寒さも感じなかった。とにかく、早くしないと。
トールが、自分の前から消えてしまう。それは耐え難い恐怖だった。そう思うとぼろぼろと涙が零れる。嫌だ。絶対に、どこにも行かせない。死神にすら抗ってみせる。
医師宅の扉を叩く。早く、早く、急がなければ、早くしないと、トールが……!
***
硬い表情で、トールはベッドの上に横たわっていた。包帯が巻かれぴくりとも動かないが、静かに胸が上下している。ラフルは一睡もできずにただトールを見つめていることしかできない。そっと手を握る。ふと、トールが固く握りしめていた手が緩んでいることに気づく。そっと手を開いてみる。
強く握られていたのは、血が乾いてこびりついた、トールの作った指輪だった。
「トール……」
静かにラフルは呟いた。トールは、この指輪にかけて、絶対に生きて帰ると誓ってくれた。大怪我をしていたとはいえ、トールはこうして、ちゃんと約束を守って帰ってきてくれたのだ。赤黒く染まってしまったそれを、ラフルは己の左手の薬指に嵌める。それはぶかぶかで、ラフルに贈られたそれより一回り大きかったが、指輪の上にすっぽりとはまった。一つになってしまったかのような錯覚にぞくりとする。
そっと、指輪を舌で舐める。木の匂いに紛れて、鉄錆の匂いが舌に広がる。トールの血の味。それを知覚した途端に身体が震えた。相手の体の一部を、自分の中にとりこむその背徳的な優越感。ぞわぞわと欲情にも似たその感情はラフルを包み込み侵食していく。
……誰かに殺されるくらいなら、いっそ自分が。そんな思考が脳裏をよぎる。トールの開いた手はまだ血で染まっている。そっと、その手を掴み舌を這わせる。トールの何もかもが欲しい。そんな感情はとどまるところを知らずラフルの五体を支配していく。夢中で手を舐めまわし、その血を味わった。
「もし、トールが虫の息になっちゃって、あと数時間って言われたら…俺が殺して、食べてあげる…。トールの全部は、俺だけのなんだから……」
興奮し切った荒い吐息で呟くように囁くその言葉は、もしかしてトールに届いたのだろうか?ラフルの一言のせいか、それとも夢の中のせいなのか、トールはうっすらと笑みを浮かべていた。
***
「まだ寝てなきゃ駄目だってばー!」
「もう大丈夫だっつってんだろ!」
室内には二人の言い争う声が響いている。包帯を巻いたトールが、起き上がろうとしてそれを阻止しようとするラフルともみあっていた。
「無理しちゃだめだって!」
「無理なんぞしてねぇっての!傷も塞がったし、痛くもねぇ!」
「元々痛覚ないんでしょ!俺は…トールが、心配だから……っ!」
ぽろぽろと涙をこぼすラフルに、トールも幾分か慌てたようだった。ぎゅっと抱きついてくるラフルを、トールはそっと抱き締めた。
「……すまねぇ、心配かけて」
「ばかばかっ!……生きて帰ってきてくれて、ありがとう……」
ぐすぐすと嗚咽を漏らすラフルの背を、トールはそっと撫でる。ふと何かを思い出したような顔をしていた。
「……ラフル」
「ん……、なあに?」
居住まいを正し、トールはにかっと太陽のような笑みを浮かべる。あっけにとられるラフルに向かって、言っていなかった言葉を紡いだ。
「『ただいま』」
「……トール、『おかえり』」
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