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Cage-001
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燮が目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋だった。いや、見覚えはあるのだが、なぜここにいるのだろうか。原因は一人しかいないのはわかっているが、その原因が今、見える範囲にはいないのだ。
こつっこつっと、スキップしてくる靴音がする。扉が開く。ニコニコと笑うクロエが、燮に思い切り抱きついた。
「ショウさん……。ふふふっ、どうですか、ここ」
「どうですか、じゃない。こんなところ、早くでよう、な?」
「……何で、出なきゃいけないんです?」
ニコニコと笑うクロエに、ただならぬ気配を感じる。金と赤の瞳はまっすぐに燮を見ていたが、どこか遠くを見ているような気がする。
「ショウさん。ここなら誰にも邪魔されません。ずうっと、ショウさんとふたりきり。ふふっ、うふふっ、とっても、素敵じゃないですか?うふふふっ」
くすくすと笑うクロエの髪が、また赤に染まりつつあった。また、クロエは自らが堕ちることを選んでしまったのか。燮は静かに目を閉じた。ぎゅっと抱きしめられる温もり。しかしそれが、燮にはどこか虚ろに感じられたのはなぜだろうか。
「ねぇ、ショウさん。お腹、空いたなぁ……」
燮の料理をねだるクロエは、どこか、こわれているように見えた。
「キッチンはどこだ?」
「作ってくれるんですか?……やったぁ!」
嬉しそうに燮の手を引っ張り案内する。キッチンには、粗末な食料庫が備えられていた。とりあえず、あり合わせのものでスープを作る。クロエはそのさまを、頬杖をついて眺めていた。
やがて、食卓にパンとスープが並べられる。るんるんと、嬉しそうにクロエはスープに匙を入れた。
野菜と干し肉の浮かぶスープは暖かく、しかし随分水っぽくなってしまった、と燮は顔をしかめる。しかしクロエはまるでレストランで出された高級品を食べているかのような幸せそうな顔をする。クロエはいつもそうだ。燮の作ったものには文句一つ言わない。文句どころか、いつも、たとえそれが焦げた失敗作であろうとも美味しいとしか言わない。
「ショウさん、おかわり、ください」
結局ほとんど残してしまった燮の分までぺろりと平らげたクロエと一緒に皿を洗う。食器の擦れる音と、水の音だけが響いた。
「しあわせ、だなぁ……」
鼻歌を歌いながらクロエは呟く。全てを片付け水をきるために立てかけると、クロエは燮をベッドへ誘った。
ふかふかのベッドへ沈み込みくすくす笑うクロエは何時もの通りに見えるが、なにか、なにかがおかしいように燮には感じられた。
「ショウさん。ここにいる間は、ショウさん以外の誰も求めたりなんか、しないから。だって、ショウさんが、手に入ったから」
クロエはまっすぐに燮の瞳を覗き込んでいた。
「こんな、馬鹿なことは」
「やめませんよ。もう、我慢できないんです。ショウさんの全部、私のものにするって、決めたんです。此所は、今度こそ誰にも邪魔されずに愛しあえる素敵な場所だと思いませんか?」
うっとりと言うクロエの色の違う瞳は輝きをなくしていた。鈍い色になった瞳が、ゆっくりと細められ……。
「ぁあ、……ふふ、ショウさん、ショウさんだぁ……あはは、っ」
燮の目の前で、燮の知っているクロエが。
音を立てて、くずれて、こわれた。
嬉しそうに燮に縋り付くクロエは、幼い子供のようだった。
「ショウさん……ふふっ、ね?ぎゅーって、して、欲しいなぁ……」
柔らかい寝台の上で、柔らかく微笑むクロエを燮は壊れものを扱うかのように優しく抱きしめる。
己は、クロエをこんなに追い詰めていたのか。朱を帯びた銀の髪が、くすんだ灰色に無残にも変わっていく。堕ちたのではない。クロエは、こわれてしまったのだ。
「あはは、っ、しあわせ、しあわせ。ずっと、ショウさんとふたりきり。ずっと、ずうっと、いっしょ」
「ああ。ずっと、ずっと一緒だ」
うっとりと囁くクロエの頭を撫でてやる。
ちゃんと責任を、取ろう。ずっと、ここから出ることなど考えずクロエに寄り添ってやろうと、決めたのだ。
「本当に?」
「ああ。約束する」
ここはクロエの生み出した燮を閉じ込める場所というだけではなくなった。二人で暮らすための部屋に、意味がかわっていく。
「ショウさん、寝ても、いいですか?」
「ああ。隣に来るといい。寝付くまで、撫でているから」
無残な灰色の髪は絡まり軋んであっという間に痛んでしまっていたようだった。それを見るたびに燮の心にも痛みがはしる。
そっと、低く静かな声音で子守唄を歌う。クロエは安心しきって静かに目を閉じた。ややして規則的な寝息が聞こえてくる。
静かに、燮はため息をついた。クロエを、ここまで追い込んでしまったのは己だという自覚はある。だが、自分のなにがそこまでクロエを狂わせてしまうのか、燮には理解できなかった。そもそも、クロエに向ける感情の種類が、自分でも理解しきれていないのだ。
静かに眠る背中を撫でながら、燮は再び溜息をついた。
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