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Cage-007
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クロエを追ってトールとラフルが転がり込んだそこには異質な空間が広がっていた。生活感のある部屋だが、窓の外は赤と黒がぐるぐると渦巻いていて、気味が悪い。
「なぜ、お前がここに来たんだ」
そう問い掛ける燮の目は虚ろに淀んでいた。その声には明確な拒否の意思が感じられる。トールの頭がかっと熱くなった。
「馬鹿野郎!」
トールは怒鳴り、燮のほうへつかつかと歩み寄る。感情のままに、拳を振り上げた。そのまま頬に一発、拳をぶち込む。燮は拳の重みによろめいた。
「……ひどい人ですね、燮さん」
軽蔑するような冷たい声でラフルも燮を詰る。燮は無表情だったが、倒れこんでいたクロエが、さっと顔色を変えた。
「まだ足りねぇか、大馬鹿野郎……!」
「駄目です!だめ……!」
トールが二発目をお見舞いしようとした刹那、クロエがトールと燮の間に割り込んだ。
トールの重い一撃を受け、クロエは軽く吹き飛んだ。燮が咄嗟に抱きとめる。その目には、動揺の色があった。
「クロエ!」
「クロエさん!」
「だめ、だめ、なんです!ショウさんを、責めないで……全部、全部私の、私のせい、だから……!だから、責めるなら、私を……っ!」
痛みなど全く気にしていないかのように、ぼろぼろと涙を零しながらただただ見下ろす二人から燮を必死に庇おうとする。
「お前のせいじゃねぇ!元はと言えば燮が気付かねぇから、だからお前をそれだけ追い込んだんだろうが!」
「そうだよ、クロエさん!こんなことになっちゃったのも、元はと言えば……」
「違います!ショウさんは、ショウさんは何も悪くないんです……!それに、私しかいないって、言ってくれました。……なのに、どうして、どうして邪魔するんですか……。せっかく、やっと見つけた、私と、ショウさんだけの、世界、だったのに……」
クロエを後ろから抱きしめて、燮は優しく頭を撫でた。ぐすぐすとしゃくりあげるクロエは、燮に縋り付く。
「……そんなの、」
ラフルがやおら口を開く。苦しそうで、何か言わねばならない言葉を探しているように見えた。
「そんなの、クロエさんがいなくなったら嫌だからに、決まってるじゃん!……クロエさんはそれでもいいかもしれないけど……俺、嫌だよ。クロエさんと会えなくなるの……」
「そうだぜ。お前らはそれでいいかもしれねぇけど、そうやって消えたことで、俺たちみたいに悲しむ奴だっているんだ……。理解れよ。俺もラフルも、ここでお前らをそのままどこかに行かせたりなんかしたら、絶対後悔するんだ」
その言葉は、果たして二人に届いているのか。祈るような気持ちでトールとラフルは二人を見る。
「……クロエ、すまなかった」
「ショウ、さ……」
燮ははっきりとした声で謝罪の言葉を口にした。そして、呆気にとられるクロエの唇を奪う。
それは見ている二人が恥ずかしくなるくらい深いもので、舌を絡めながら時折漏れる声がまた艶かしい。やおら唇が離されると、名残惜しそうに銀糸が互いを繋いでいた。
「追い詰めて、こんなことまでさせて、すまなかった……。身勝手だと嗤ってもいい。……今、俺は、お前のことを愛おしく思っている」
呆然とするクロエの、金と赤の瞳からぽろりと大粒の涙が零れる。
「ショウさん、ショウ…さんっ……!すき、です……あなただけ、私には、あなただけ……っ」
すがり付いて涙を零すクロエの背を、燮は優しく撫でた。その目に浮かんでいたのは愛情と執着。そのさまを見ていたトールはやれやれと首を横に振った。
「ったく、お前らは遠回りすぎんだよ」
「でも、よかった。クロエさん、ずっと辛そうだったから……」
笑い合うトールとラフル。場の空気が一気に柔らかいものに変わっていく。きっと、二人は戻って来てくれるだろう。想いを伝えあったのだから、これ以上ここにいる理由もないはずだ。
ふと、燮はラフルに目を留めた。
「……そういえば、君は誰なんだ?」
「こいつか?」
燮の問いかけにトールは少し得意げに、ラフルを抱き寄せにかっ、と明るい笑みを見せる。
「こいつはラフル。俺の大事なコイビトだ。……クロエを追ってここに来れたのも、こいつのおかげなんだぜ?」
「だろうな。お前がそんなことを思いつくとは思えん」
「燮てめぇ、馬鹿にしやがって!……確かに俺にはそんなこと考えつかねぇけど、よぉ」
「……迷惑をかけて、すまなかった」
燮は深々とラフルに頭を下げる。ラフルは驚き、慌てて首を振った。
「そんなこと……だってクロエさん、前から少し、様子が変だったから……。俺もトールも、クロエさんに幸せになって欲しいから……」
ぽろぽろと涙を零しながら、クロエはこくりと頷いた。うっすらと、唇が弧を描き泣きながら笑顔を作ろうとする。立ち上がった燮はクロエに手を差し伸べた。
「帰ろう、クロエ」
「……はい、ショウさん」
クロエは燮の大きな手を取る。すると、あの時のように、四人はいつの間にか市場の近くの廃墟の中にいた。驚くトールとラフルを横目に、燮とクロエは意味ありげに目配せする。
クロエの髪は、毛先の朱も抜けた、美しい銀髪へと戻っていた。
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