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22.✧様子
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✧✧✧✧
最近、旭の様子がおかしい。
二人で海に行った日以降、どこか落ち込んでいるように見える。元気は無いものの機嫌が悪いわけではないらしく、こちらから話しかければ反応してくれるけど、何をするにも終始考え事をしているようで心ここにあらずといった感じだった。
心当たりがないわけじゃない。きっと海でしてきた質問が原因だろう。
いきなり彼女はいるかと聞かれて、俺はその問いに内心驚きつつもどう答えようか迷った結果、『いる』と答えた。
実際のところ、前の旭は『彼女』ではないけど俺の認識では付き合っていたし、向こうも俺のことを『恋人』だと言っていた。だから質問の『彼女』という単語を、『お付き合いをしている人』という意味で受け取って答えた。
だから嘘をついてはいない……はず。
あの質問に対して、俺はどう答えるのが正解だったんだろう。前の旭を蔑ろにするようで『いない』とは言いたくなかった。
俺に彼女がいると知って旭が落ち込む理由。予想が当たっているとしたら正面から向き合ってはいけない気がして、気づかないふりをしていた。俺の勘違いならそれでいい。むしろその方が何事もなく丸く収まる。
旭が戻ってきてからちょうど三週間。大学が始まるまで約一週間。学校が始まれば、必然的に俺と一緒にいる時間は減り、友達といる時間が多くなる。そちらの方が心地よいと感じれば、俺との時間より友達との時間を優先するようになるだろう。旭の世界が広がって、俺はただの同居人になって、俺以外の人を好きになるかもしれない。旭がこの家から出ていく日が来るかもしれない。
巣立ちの時が来ても笑って見送れるように、それまでにあくまでも“頼れる同居人”としての立ち位置を確立しておこうと、あれこれ構いすぎたのが駄目だったのか。今の旭の行動と様子を見るに刷り込む方向を間違えた気がする。
ただの同居人にしては、あまりにも俺に懐きすぎている。同じベッドで寝るようになって、良くも悪くも当初の予定より距離が縮んでしまった。
……俺自身も、可愛いとか愛おしいとか、今の旭に良からぬ情を抱いてしまっている部分は少なからずある。でもこれは自分を慕ってくれる者に対する愛情とか慈しみとかそういった類いのもので、決して恋ではないだろう。
今の俺たちが対等な関係だと言えないし、何よりこの感情が恋だとしたら、旭を好きになるのに思い出や一緒に過ごした時間なんか関係ないということになる。そんなの俺自身が許せない。うわべだけを見ているようで今の旭にも失礼だ。だからこれは決して恋ではない。そうでないと困る。
こんな複雑な気持ちになるなら、ただの幼馴染で同居人という距離をもっと意識して接していればよかった。一緒に寝ることも心を鬼にして断るべきだった。今さら軌道修正をするにしてもかなり強引になってしまうだろう。
かといって元気がないのをこのまま放っておくわけにもいかない。自分が撒いた種から出た芽なのだから、自分でどうにかしなければ。
「旭」
「…………あ、何?」
俺の隣に座ってぼーっとテレビを眺めている旭に声をかけ、いつか旭がそうしたように今度は俺がテレビを消して旭に向き直った。何か話があるという雰囲気を察して、旭は黙って俺を見つめてくる。
「お前、最近どうしたの?元気ないじゃん」
単刀直入に聞くと、旭は気まずそうにそろりと視線を外した。
触れて欲しくないことは分かっているけど。
でも、ここで引いたら駄目だ。
「何かあった?」
「……別に、何もないけど」
旭は視線を逸らしたまま自分の襟足を撫で付けた。
その仕草は、前の旭が嘘をつくときにしていたものと全く同じだった。記憶をなくしても、こういう無意識の行動は変わらないのか。
なんだか可笑しくなって、思わず笑ってしまった。そんな俺のことを旭は訝しげな目で見てくる。
「なんで笑ってるの……」
「旭が可愛くって。……で、何があったの?」
「何もないって……」
何もないと言い張るけど襟足を触り続けている。問い詰められている状況が慣れないのか、さわさわと毛先を弄ったり指先に巻き付けたりして随分落ち着かない様子だ。
「襟足どうかしたの?」
「…………?」
「そういえば前の旭が嘘をつくとき、同じ仕草してたなぁ」
「……同じ仕草?」
「そうやって襟足を触るの。……お前はどうかな?何か気になることがあるけど、『何もない』って俺に嘘ついてるんじゃない?」
「……っ、意地悪……」
図星だったようで手の動きが止まる。旭は一瞬驚いた表情をして襟足から手を離すと、きっと睨み付けてきてそっぽを向いてしまった。行き場を無くした手は今度はシャツの裾を掴んでいた。
いじめたいわけじゃない。旭が何を思って何に遠慮して何を我慢しているのかが知りたいだけだ。
「どうして元気がないの?俺のことで、何か引っかかってることがあるんじゃないの?」
目の前で話し出すのを待っていたら圧をかけているようで逆に話しにくいかと思って、ソファーに半身を凭れさせて促すように旭の頬に指を滑らせる。
旭は呆れたように溜め息をついて、そして不満気にぼそりと呟いた。
「……こういうのは彼女とやってよ」
ぼそりと呟かれた言葉は、俺の勘違いであってほしかった予想を肯定するも同然のものだった。
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