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59.✩なくなる
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✩✩✩✩
ああ、気づいてしまった。
楓さんが前と今の俺を重ねていることも。
楓さんの心がずっと、前の俺にあることも。
楓さんが前の俺と"そういう関係"だったってことも。
何もかも全部、気づいてしまった。もう気づいてないふりなんてできない。
楓さんは俺にキスしてくれなかった。
…………違う。
楓さんはしてくれなかったんじゃなくて、できなかったんだ……。楓さんの中にいる前の俺が邪魔をしたんだ。
心のどこかでやっぱりそうだったんだって落胆して悲しんでる自分と、仕方ないかって変に納得して諦めてる自分がいる。
楓さんは俺を見てくれてる。向き合おうとしてくれてるのも分かってる。でもそれは前の俺の上に重ねて見てるだけで、『今の旭だけ』では見てくれてない。
前の俺との思い出がある楓さんと、記憶をなくした俺。
楓さんにとって俺は前の俺の延長線にいる旭かもしれないけど、俺にとっては延長線も何もない。病室のベッドで目を覚ました時には、すでに全部失っていたんだから。
「俺はね、今の俺だけを、見てほしいんだ……。前の俺と比べられるのなんて、嫌だよ。ねぇ、楓さん、俺は何をすればいいの?どうしたら今の俺だけを見てくれるの?」
「それは…………、っ、ごめん………」
楓さんのシャツを握りしめて縋りつくと、楓さんは俺を優しく抱きしめてそう言った。
ごめん、って……何?
そういうようには見れない、ってこと?
前の俺と重ねて比べてごめん、ってこと?
「旭に言った事、できてた気になってた……。二人を重ねるのが今の旭に失礼だってことぐらい、自分でも分かってたはずなのに。本当にごめん」
「楓さん……」
「だからもう……旭には、こういうことしない……」
「え?」
俺を抱きしめていた腕は離れていき、楓さんはシャツを握りしめていた俺の手を解かせた。
「俺にとってこういう行為……抱きしめたりキスしたりが、一番前の旭を連想させるから……。だから、旭が『自分だけを見て欲しい』って願うなら、普通の幼馴染として、同居人としてこれから接することにする。旭は何もしなくていい」
なにも、しなくていい……。
それじゃあまるで、楓さんの問題だから俺には関係ないと言っているみたいだ。
楓さんにとって大切な前の俺を、楓さんが忘れられるわけないのに……、俺が『自分だけを見て欲しい』なんて言ったから。
何年も一緒にいた『旭』を抜きにして、過去を失くした『今の旭』を受け入れろだなんて、そんなのわがまますぎる。無理に決まってるのに……それでも楓さんは俺の望みを聞いてくれようとしてる。
もう、楓さんがさっきみたいに触れてくれることも無くなるんだ……。
もう、楓さんは俺を求めてくれない……。
心に大きな穴が開いて、そこから凍りついていくような感覚がした。
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