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1.名前で呼び合う ―不意に―
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風と共に通り抜ける電車。頭の奥まで鳴り響く遮断機の音。
風でどこかに飛んで行そうなのに、握られている手がしっかりと俺を引き止める。暖かな手。暖かな眼差し。
どうして、そんな目で俺を見るんだよ。
カンカンカン……――
電車が通り過ぎ、遮断機が上へと上がる。
つかの間の沈黙。
さっき俺が言いそびれたことを目で催促してくる。
勢いでなら、言えたのかもしれない。でも、こんな堂々とコイツの目の前で言うなんて恥ずかしく感じて行動できない。
じれったくなったのか田辺はため息をついて、俺の手を引いて前へと歩き出す。
無言。
いや、いつもコイツは無言に近い。どちらかというと俺がいつも話してて、コイツは相槌を打つというのがいつもの日常である。だから、気にしなくてもいいはずである。気にしなくてもいいはずなのだけれども。
すたすたすたすた
もうすぐ駅の改札口に着く。
すたすたすたすた
目の前を歩くコイツが、いつもと違うように見えて。
すたすたすたすた
「あ、淳也!!」
ぴたっ
「え?」
歩を止めてこちらを振り向いた田辺。不意を突かれたような顔をしている。
「今……俺のこと……」
「あ、あの、その……」
やばい。恥ずかしい。
恥ずかしさでしどろもどろになっていると、田辺は一瞬だけ微笑んで、改札口からちょっと離れた場所に俺を導いた。
「さっき、俺のこと名前で呼んでくれた?」
背が低い俺の視線に合わせるかのように背をかがませる。
「う、ん。」
顔が近くて、自分の体が熱くなる。その姿を見られないようにと、俯いた。
「そっか。」
ふっと微笑む、音が聞こえる。
「ありがとう、真澄。」
「え!!」
俺は驚いてバッと顔を持ち上げて田辺を見た。田辺は目を細めて俺を見ていた。
馬鹿野郎! 近い!!
心の中でそう言っている自分と、名前で呼んでもらえたことに興奮をしている自分とがいる。
「さ、行こうか。」
口をパクパクしている俺と、落ち着いている田辺。田辺は俺に微笑みながら、改札の方へと俺の手を引いた。
”カシャン”
改札が開き、俺たちは駅の中へ入る。その際もずっと握られている手。
「手。」
周りにはサラリーマンや電車通学の高校生等がたくさんいた。俺は恥ずかしくなって、目の前の背中にぼそりと言った。
「あ、ごめん。」
ちょっと照れくさそうに笑って、するりと俺の手を離す。
そして、
「真澄。」
俺の名前を呼ぶ。
「な! 何だよ!!」
「いや、なんか仲良くなった感じがして嬉しいだけ。」
「は?!」
その言葉を聞いて、さっきまで高鳴っていた胸の鼓動が収まってしまう。
仲良く……なったような?
ダメだダメだダメだ!!
ちょっと親しくなった友達みたいに捉えられてしまっているじゃねーか!!
「真澄?」
一人もがく俺を不安そうに見てくる田辺。
ああ!くそっ!!
俺は、田辺の方へと向き合って肩を掴んだ。
「やっぱ、名前呼び禁止。」
「え! 何で?」
ぽかんと口を開けているアンタを見て、俺は思った。
「……何か、ムカつくから!」
「え……名前で呼んできたのは真澄の方だろ。」
ぷいっと、田辺の横を通り過ぎて先へと歩く。直ぐについてくる後ろの足音。
少しだけ歩いて、俺はアンタを見る。
「でも、部屋の中だけなら。」
「え?」
「部屋の中だけなら、名前で呼びたい。」
恥ずかしくなった俺は、田辺から逃げるように駅のホームを奥へと駆ける。
田辺は、ゆっくり歩きながら言った。
「真澄、ありがとう。」
ああ、もう!! 恥ずかしいことすんな!!
馬鹿野郎!!
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