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バファリン
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明け方にやっと依頼のイラストが完成し、そのまま仕事の龍を送り出す。
今日は朝早くからMVの撮影があるらしく、帰りは夕方頃になると言っていた。
一眠りしたら食事の買い出しに行こうと考えながら、ベッドに潜り込み瞼を閉じた。
それから二時間も経たないうちに、目が覚めてしまった。
身体は熱いのに、悪寒で震えが止まらない。
仕事が落ち着いて気が抜けたせいなのか、風邪を引いてしまった。
「ごほ..っけほ..」
熱を計って薬を飲んだ方が良いのは分かっているけれど、怠くてとても動けそうにない。
これ以上辛くなる前に、もう一度眠ってしまおう。
きっと寝不足なのも原因の一つだと思い、再び眠りに就いた。
「ゔ..っ」
二度目の目覚めは、強い吐き気によって訪れた。
トイレに行こうにも眩暈が酷く、立つどころか起き上がることすら出来ない。
きつく唇を結び両手で口元を押さえてみたけれど、波が去ってくれる気配はない。
なんとか近くにあったゴミ箱を引き寄せ、顔を突っ込むようにして胃の中身を吐き出した。
「うえぇ..っげほ..!」
次々と込み上げてくる吐瀉物に息を詰まらせ、苦しさから生理的な涙が溢れてくるがそれを拭う余裕はない。
暫くこの状態が続き胃液しか出なくなったところで、漸く吐き気が治まって乱れた呼吸を整える。
そこで疲れがピークに達し、そのまま深い眠りへと落ちていった。
「ぐ..っ」
三時間ほど眠った頃、強烈な吐き気を感じて飛び起きた。
今にも吐いてしまいそうなのに、片付ける間もなく眠ってしまったせいでゴミ箱はもう使えない。
這うようにベッドを抜け出してトイレに入り、ドアも閉めずに便器を抱え込む。
「おえぇ..っは..げほ..!」
胃液すら吐き尽くしてしまったのか、嘔吐くだけで何も出てこない。
無理に動いたこともあり、目の奥がチカチカして更なる吐き気を誘う。
頭が朦朧としていて、もう何も考えられない。
「..助、け..て..」
貧血を起こし、視界が暗闇に包まれていく。
吸い込まれるように身体が後ろに傾き、バタン
と鈍い音を立てて意識を失った。
「ーーさん!要さん!」
「..りゅ、う..」
仕事から帰ってきたばかりであろう彼に肩を揺すられながら、いつになく大きな声で何度も名前を呼ばれていた。
考えを巡らせ事態を理解した途端、胃の不快感が甦って蹲る。
「大丈夫ですか..?」
「..きも、ち..わ、るい..」
ガタガタと震えながら口元を覆う僕の身体をそっと抱き起こして、「吐きそうですか!?」と彼は慌てた口調で訊ねてくる。
それに小さく首を振って応え、ぐったりと凭れ掛かった。
「ベッドに戻りましょうか。」
「..は..っは..」
浅い呼吸を繰り返すだけで精一杯の僕を、彼は軽々と横抱きして寝室へと運び入れる。
関節の痛みに背を丸めると、毛布越しに腰や手足をさすってくれた。
「熱は計りましたか?」
「..計って、ない..」
「分かりました。用意してくるので少し待ってて下さいね。」
「..はぁ..は..」
バタバタとリビングに戻り、すぐに薬箱を持って戻ってきた。
手際よく熱を計りながら、タオルや洗面器を用意してくれている。
体温計が鳴り手渡すと、彼は驚きに目を見開いた。
「39.5℃って..」
「..げほ..っは..」
「お粥作ってくるので、少しだけでも食べて薬飲んで下さい。」
「仕事、から..帰って..来た、ばかり..で..疲れ、てる..のに..ご..め、ん..ね..」
複雑な表情を浮かべ、「貴方って人は..」と彼は溜め息のような呟きを漏らす。
意味が分からず問うような眼差しを向けると、頬に手を添えられた。
「人の心配より自分の心配をして下さい。俺は大丈夫ですから。」
「..で、も..」
「要さんは早く元気になることだけを考えて下さい。」
「..う、ん..」
軽く頭を撫でて、「じゃあ、作ってきます。」と部屋を出ていく彼を見送り天井に目を向ける。
本当は今頃、一緒に食事しているはずだったのに。
弱っているせいで、ネガティブ思考に陥ってしまう。
「出来ましたよ。起き上がれそうですか?」
「..へい、き..」
お粥と薬を持って戻ってきた彼に支えられながら、ゆっくり身体を起こす。
軽い眩暈にふらつきバランスを崩すと、さりげなく肩を抱かれ楽な姿勢にしてくれた。
「一口だけ頑張って下さい。」
「..ん..」
頭がぼんやりとしているのもあり、恥ずかしげもなく差し出されたスプーンを素直に口に含む。
ほんのり温かい薄味のそれは、気分が悪くても美味しかった。
「どうですか?」
「..美..味、し..い..」
「良かったです。もう一口..は無理そうですね。」
「..ご..め、ん..ね..」
気にしなくて良いと彼は言うけれど、せっかく作ってくれたのに、これだけしか食べられないのは申し訳なかった。
手渡された薬を飲み込んで、程好く鍛えられた胸に顔を埋める。
「..治っ、た..ら..残、り..食べ、る..ご馳、走..さ、ま..」
「はい。とりあえず横になりましょう?」
「..っん..けほ..」
「熱上がってますね..」
寝かせてもらい、毛布を掛け直される。
彼が言う通り熱が上がっているようで、先程より身体が熱くて只々苦しい。
「これ片付けて来ますね。」
「や..っりゅ..行か..ない、で..」
不安をぶつけるような言葉を、気付けば口走っていた。
困らせるだけなのに、何故か涙が溢れて止まら
ない。
「大丈夫、何処にも行かないですよ。」
「..ひっ..く..」
一瞬驚いた顔をして、すぐに彼は微笑んだ。
握られた手の温度が気持ち良くて、不思議と不安感が薄れていく。
バファリンのような、彼の優しさが身に染みる。
気が緩んだせいか、急激な眠気に襲われ瞼を下ろした。
次に目が覚めたら、ちゃんと“ありがとう”と伝えよう。
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