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あれから彼とは一度も会っていない。元々社内では接点もないし、もう関わることもないだろう。彼の連絡先も消した。これでもう全て終わった。
「お先に失礼します。」
同じ課の後輩から声を掛けられ、お疲れ様と返し見送ると、僕一人だけになった。早く残りの仕事を片付けてしまおうとパソコンに向き直る。暫く集中してキーボードを打っていると出入り口の方に人の気配を感じた。
「こんな時間まで、残業か?」
顔を上げその人を確認する。
「…何で、ここに?」
彼がゆっくりと此方に向かって歩いて来る。距離が近付き、僕の体は緊張で震えてしまう。
「この間の事、もう一度きちんと謝りたかった。本当に悪かった、ごめん。」
ああ、僕を傷付けたと思ってしまったのか。僕は立ち上がり、首を振った。
「君が気にする事なんて何もない。僕が悪いんだ、君の優しさを利用する様な真似をして。本当に、ごめん。」
それは事実だ、僕は深く頭を下げる。
「お前が悪いんじゃない。俺が…。」
彼の手が僕の腕に触れ、そのまま僕を抱き寄せる。
「俺は、最低だ。でも、お前の事が好きなんだ。」
その一言で、僕の目からは涙が溢れる。
「君は、優しいね。そして、とても、残酷だ。」
僕の顔を覗き込む彼の顔が青褪めて行く。
「もう、僕に優しくしなくていいんだ。優しく、しないで。」
「そうじゃない!俺は本当に、お前が好きなんだ!」
僕は彼を突き飛ばし、ゆっくりと後退る。
「嘘、言ってたじゃないか。可哀想だったからって。」
信じない、そんな嘘、僕は信じない。
「…始めは、そうだった。怯えながらも、必死で気持ちを伝えてくれたお前の告白を無下に断る事が出来なかった。でも、今はお前が心から好きだ。お前と別れたくない。」
信じない、今更、信じられない。
僕が何も言えずにいると、着信音が鳴り響いた。
「…出ないの?」
「…いや、いい。今はお前と話しているから。」
彼は少し気にしながらも携帯の着信音を止めた。
「出たらいいよ。だっていつも、僕と居たって携帯が鳴ればそっちを優先していたじゃないか。」
「…え?」
どうしてそんなに驚いた顔をするのだろう。
「いや、そんな事は、」
「そうだったよ。いつも、そうだった。」
こんな事を言いたいんじゃない、言いたくない。
「もう、行って。僕は残っている仕事を仕上げないと。」
席に戻り、書類を眺めながらマウスを動かすけれど、彼はそのまま一向に動こうとしない。僕は彼の方に体を向けると笑顔を浮かべ彼を見上げた。
「さようなら。」
彼は一瞬辛そうに顔を歪め、僕の前から去って行った。去り際、彼は僕を見つめて何か呟いたけれど、その声は僕の耳には届かなかった。
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