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迷い
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夏休み最終日。
殆どの生徒が帰省先から寮へと戻って来る。
1分1秒でも長く夏休み気分に浸っていたい、楽しかった思い出を共有したい、話を聞いてほしい。
そんな生徒達で賑わう寮とは対照的に、校舎内はひっそりと静まりかえっていた。
静かな室内で鳴海は1人机に向かいカリカリと真剣な表情で手を動かしていた。
一段落ついたところでペンを机に置き宙を仰ぐと眉間を指で解す。
机の端に置いてあったマグカップに手を伸ばす。
口許まで運び、中身がすでにないことに気付いた。
鳴海は短く息を吐き立ち上がると部屋の中を一瞥してから給湯室へと足を向けた。
2学期が始まるとすぐに学校祭がある。
そのため夏休み中から準備をするのが例年の生徒会なのだが、今年はそれが一切ない。
そればかりか生徒会は今日になっても未だに戻ってきていないらしい。こんなこと今までの生徒会ならありえなかったことだ。
そろそろ決断する時だ
そう頭では解っているのに後一歩で迷う。
何を迷う必要がある
今更あいつらに同情する価値などあるものか
それでも俺は迷っているのだ
俺にあいつらの人生を決める権利があるのか
そんなことをつらつら考えていると気付いたのは湯気がもくもくと上がるコーヒーを目にしたから。
この暑い最中ホットコーヒーを淹れてしまったらしい。
誰もいない部屋に溢れた溜め息が空しく空気に溶け消えた。
仕方なく冷めてから飲もうとそのまま持って部屋中に溢れた書類の山に目をやった。
そこで鳴海は目を瞠った。
窓際に位置した机の傍に立ち書類を手にしている人影が見えたから。
逆行で顔が確認できなくともその立ち姿で誰か解る。その光を受けキラキラ輝く黒髪によって。
いや、まさか、そんなこと
狼狽する鳴海をおいてそれは口を開いた。
「邪魔してるよ」
「え、あ・・・・眼鏡、は」
「眼鏡?・・・・ああ、そういえばずっと外したままだったから忘れてた」
自分はいったい何を言っているのだろう。
眼鏡など今はどうでもいいだろうに、現状を理解できないまま口は意味のない言葉を吐き出した。
書類を見たままのそれに近づくこともできず、一定の距離を保ったまま沈黙だけが流れる。
「・・・・・ふーん」
それがふいに書類から目を離し鳴海をとらえた。
しかしそれはいつかの捕食者のそれではなく、日の光に輝く漆黒の髪と瞳を有した天使のようだった。
「こんなこと、いつまで続けるつもり?」
バサバサと音をたて長山の手から落とされる書類。
「あんな使い物にならない馬鹿の集まり、いつまで好きにさせておくつもり?」
長山はゆったりと足元の紙を踏みながら鳴海へと近づいてくる。
それは少し前までは大切なものだったはずなのに、破れたり、汚れたりしたら後々面倒なことになるのは分かっているのに、それでも鳴海にはそれを咎めようという気は起きなかった。
そんなことをしてはたして意味があるのか。
もはやそれは鳴海にはただの紙屑にしか見えなかった。
「やろうと思えばいつだってできるでしょ?」
長山が次に発する言葉が不思議と予想できた。
なぜならそれはずっと鳴海が心の中で考え、迷っていたことだからだ。
「リコールの条件はそろってるだろ?」
"リコール"
それは生徒会に能力不足や職務怠慢、放棄がみられた場合に行使される生徒会と対をなす風紀委員会にのみ与えられた権利である。それには生徒会役員以外の一般生徒3分の2以上の賛成を必要とする。
当然ながら今までこの制度が使われることはなかった。それは歴代の生徒会が優秀で親衛隊の信頼を獲ていたからだ。
しかし今はどうだろう。
1人の生徒に踊らされ、仕事を放棄し、親衛隊を顧みず、一般生徒への暴力、暴言。
親衛隊もとっくにそんな彼らを見限った。
中には解散した親衛隊もある。
リコール賛成票もすでに集まっている。
あとは鳴海が判を押すだけだ。
「お前が動こうが動かまいが俺は俺で好きにするから」
顔を上げ、息を飲んだ。
すぐ目の前に秀麗な顔があったから。
それは暫く鳴海の顔を眺めた後、横を通り過ぎドアへと手をかける。
カチャ、金縛りにあったように動かなかった体はその小さな音によって急に動きを取り戻した。
慌てて振り向いた先、扉の向こうに消え行く影に気が付いたら声をかけていた。
「待てっ!お前はなんだ!」
不自然に止まる扉。姿は見えなくともそこにまだいるのは分かる。鳴海はかまわず言葉を続ける。
「今も、先月も・・・・3年前も。お前は俺の前に姿を見せた。毒蝶かと言えばお前は違うと言う。だっらお前は・・・・・・」
薄く開いたドアの隙間にしなやかな指が見えた。
それがスローモーションのように上に持ち上がり口許まで上げられる。
まるで秘密だと言わんばかりのそれ。
徐々に小さくなる足音を鳴海はただ床に散らばる紙を見ながら聞いた。
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